『「手加減してやれ」と言った結果、騎士団が星になって消えた』
「突撃ィィィ!! あの不敬な愚か者を八つ裂きにせよ!!」
兄であるレグルス王子の号令と共に、500人の兵士が雄叫びを上げた。
地響きを立てて迫りくる重装歩兵の波。
後方からは、魔導師部隊による炎の雨が降り注ぐ。
普通の人間なら、この時点で絶望して失禁するだろう。
だが、俺の配下たちは違った。
「主様。『手加減』の定義を確認させてください」
アイリスが冷静に問いかけてくる。
「1.原型を留めていれば良し」
「2.呼吸していれば良し」
「3.来世で幸せになれるよう祈れば良し」
「選択肢が全部怖いよ! 死なない程度だ、死なない程度!」
「承知しました。では『全身複雑骨折コース』で」
「それもダメだから!」
俺たちの漫才をよそに、敵の先鋒が目の前まで迫っていた。
「死ねぇぇぇぇッ!!」
先頭の騎士が槍を突き出す。
狙いは俺の心臓。
だが、その槍先が俺に届くことはなかった。
「……遅い」
ズドンッ!!
鈍い音が響いたかと思うと、騎士の体がボールのように弾き飛ばされた。
遥か上空、雲を突き抜けて視界から消える。
キラーン、という光のエフェクトが見えた気がした。
「……え?」
後続の兵士たちが足を止める。
俺の前に立っていたのは、巨大なガトリングガンを下ろし、代わりにファンシーな『ピコピコハンマー』を持ったアイリスだった。
「ご安心ください、主様。武器を『オモチャ』に持ち替えました」
【UR:魔神の玩具】
説明:当たった対象の重力係数を反転させ、宇宙空間まで射出する凶悪な鈍器。子供へのプレゼントには不向きです。
「それオモチャじゃない! 兵器だ!」
「さあ、次はどなたですか? 順番に『高い高い』して差し上げます」
アイリスがニコリと微笑むと、兵士たちの顔色が青を通り越して白になった。
「ひ、ひぃぃぃッ! バケモノだぁぁぁ!!」
「逃がしません」
アイリスがハンマーを横に一閃する。
たったそれだけで生じた衝撃波が、前列の50人をまとめて吹き飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁ……!」
空に吸い込まれていく兵士たち。
……うん、まあ、死んではいないと思う。多分。
「主様! 私も負けてはいられません!」
今度はセラフィナが飛び出した。
彼女の手には、俺があげた【聖剣ガラティーン】が握られている。
「我が主の慈悲です! 峰打ちで許してあげましょう!」
彼女は剣を裏返し、峰(背)の部分で空を薙いだ。
ズパァァァァァン!!
「峰打ち……?」
俺は目を疑った。
彼女が振った剣圧だけで、地面が数百メートルにわたって裂け、断崖絶壁が出来上がっていたからだ。
その衝撃で、敵の魔導師部隊の服が弾け飛び、パンツ一丁になって転がっている。
「きゃあああ!? い、嫌ぁぁぁ!!」
「俺のローブが!? 魔法防御ごしに脱がされた!?」
「あら? 力加減を間違えました。次はもっと優しく……」
セラフィナがテヘペロしているが、被害者たちはそれどころではない。
聖剣による強制ストリップ。
精神的なダメージは計り知れないだろう。
『グルルルゥ……!』
トドメとばかりに、ポチ(天竜王)が大きく息を吸い込んだ。
「おいポチ! ブレスはダメだぞ! 炭になるから!」
『ワンッ!(承知!)』
ポチはブレスの代わりに、ただ『咆哮』した。
『■■■■■■■■――ッ!!!』
空気そのものが凶器となって襲いかかる。
残っていた兵士たちは、その音圧だけで白目を剥き、バタバタと気絶していった。
◇
開戦からわずか3分。
500人の精鋭部隊は、空の彼方へ飛んでいったか、裸で泣いているか、泡を吹いて倒れているかのどれかだった。
立っているのは、ただ一人。
兄のレグルス王子だけだ。
「な、な、な……」
レグルスは腰を抜かし、ガチガチと歯を鳴らしていた。
無理もない。
自分が信じていた『最強の軍隊』が、たった3人の(しかもふざけた装備の)相手に、指一本触れられずに壊滅したのだから。
「ば、バケモノめ……! 貴様、本当にライルなのか……!?」
レグルスが俺を指差す。
「★1のゴミが……なぜ神話級の怪物を従えている!? なぜ聖剣を持っている!? その力は一体何なんだぁぁぁ!!」
絶叫する兄。
俺はポリポリと頬を掻きながら、彼に近づいた。
「別に、大した力じゃないよ」
俺はポケットから、売れ残りの『リンゴ』を取り出してかじった。
「ただ、毎日ログインしてただけだ」
「ろぐ、いん……?」
意味が分からないという顔のレグルス。
まあ、説明しても無駄だろう。
「く、来るな……! 近寄るなぁぁぁ!!」
レグルスが懐から『何か』を取り出した。
どす黒いオーラを放つ、禍々しい水晶玉だ。
「こ、こうなったら禁忌を使うしかない! 宮廷魔術師長から盗み出した『魔界の門』を開く鍵だ!」
おいおい、物騒なものを。
「これを使えば、俺の命と引き換えに『上級悪魔』を召喚できる! 貴様らなんぞ、悪魔の餌食に……」
レグルスが水晶を地面に叩きつけようとした、その時。
ヒョイッ。
横から伸びてきた手が、水晶を奪い取った。
「あ?」
レグルスの手が空を切る。
水晶を持っていたのは――ポチだった。
『クンクン……』
ポチは水晶の匂いを嗅ぎ、
『ペッ。マズそう』
と言って、足元に転がし、太い脚でバリーン!と踏み砕いた。
「あ……ああ……」
レグルスの最後の希望が、物理的に粉砕された。
「……帰れよ、兄さん」
俺は溜息交じりに言った。
「見ての通り、俺たちは忙しいんだ。ゴミ処理もしなきゃいけないし、ポチの散歩もある」
俺は彼に背を向けた。
殺す価値もない、という意思表示だ。
「ひ、ひぃぃぃッ!! 覚えていろライルゥゥゥ!! 父上に! 父上に言いつけてやるからなァァァ!!」
レグルスは無様に這いずり回り、最後は脱兎のごとく逃げ出した。
捨て台詞が小物すぎて泣けてくる。
「……ふぅ。終わったか」
俺が肩の力を抜くと、背後から視線を感じた。
難民たちと、商人たちだ。
彼らは今の戦闘(一方的な蹂躙)を、ポカンと口を開けて見ていた。
そして、誰かが呟いた。
「……神だ」
「へ?」
「悪徳王子を撃退し、我らに食料を与え、竜を従える御方……。あの方こそ、真の王……いや、現人神だぁぁぁ!!」
「ライル様バンザイ! 天空帝国バンザイ!!」
ワァァァァァ!!
広場が熱狂の渦に包まれる。
「いや、違うから! 俺はただの……」
俺の弁解は、歓声にかき消された。
どうやら俺は、この地上に『信者』という名の新たな勢力を作ってしまったらしい。
◇
一方その頃。
逃げ帰ったレグルス王子の報告を受け、遠く離れた場所で『ある組織』が動き出していた。
世界最大の宗教国家『聖法教会』。
その最奥にある大聖堂にて。
「――報告は真実か?」
祭壇の奥から、重々しい声が響く。
「はっ。辺境に現れた『★1』の少年が、聖剣と邪竜を使い、法を乱しているとの情報。……予言にある『世界を滅ぼす魔王』の兆候と一致します」
跪く神官が答える。
「ならば、異端審問官を派遣せよ。……『神の天秤』をバグらせる存在を、許しておくわけにはいかん」
暗闇の中で、青白い炎が揺らめいた。
兄貴という小物を追い払った結果、俺はより巨大で、面倒な敵に目をつけられてしまったようだ。
(続く)




