『毎日の日課ガチャ(2日目)。今度は「空中庭園」が出ちゃいました』
「……止まった、か?」
激しい地鳴りが収まり、浮遊感が消える。
俺はおそるおそる、要塞ログハウスの窓から外を覗き込んだ。
そこには、絶景が広がっていた。
「うわぁ……」
眼下に広がるのは、一面の雲海。
その隙間から、豆粒のように小さくなった地上の山脈が見える。
どうやら俺たちは、成層圏近くまで上昇してしまったらしい。
高度1万メートル。
旅客機が飛ぶ高さだ。
「す、凄い……! なんという高度……!」
隣でアイリスが、窓に張り付いて戦慄している。
「これほどの高所なら、地上のあらゆる攻撃は届きません。ドラゴンですら飛来するのは困難でしょう。まさに難攻不落……! 戦略的優位性は計り知れません!」
「いや、俺はただ隠居したかっただけなんだけど……」
「さらに見てください、主様! あの雲を!」
アイリスが指差した先。
俺たちの土地(半径10キロの浮遊大陸)の端から、滝の水が流れ落ち、雲海に虹をかけている。
さらに、ただの荒野だったはずの地面には、いつの間にか緑豊かな芝生が生え、色とりどりの花が咲き乱れていた。
どうやら『浮遊大陸の種』には、土地を楽園に変えるテラフォーミング機能もあったらしい。
「天空の城……いえ、神の箱庭ですね」
セラフィナが呆然と呟く。
彼女は腰の聖剣を握りしめたまま、震えていた。
「古代魔法文明ですら理論上しか存在しなかった『空飛ぶ大地』……。それを、たった一晩で……。ライル様、貴方様は本当に……」
また何か信仰心が高まった気がする。
やめてくれ、そのキラキラした目。
「まあ、上がっちまったもんは仕方ない。空気も薄くないし、寒くもないから大丈夫だろ」
俺はポジティブに考えることにした。
これなら兄貴からの刺客も来れないし、結果オーライだ。
「それより、昨日のガチャで出た『家具』を設置したいんだよな。手伝ってくれるか?」
◇
「な、なんですか……ここは……!?」
セラフィナの声が裏返った。
案内したのは、ログハウスの中に増設された『バスルーム』だ。
初日のガチャで引いた【UR:永久機関の温泉ユニット】を設置したのだ。
壁は大理石。
浴槽はヒノキ(に似た神木)。
そして何より、カランを捻れば適温のお湯が無尽蔵に出る。
「こ、これは『湯』ですか!? 薪で沸かしていないのに!?」
「ああ、魔力でお湯を生み出し続けるアーティファクトらしいぞ」
「信じられない……! 王城ですら、湯浴みは大量の薪と水を運ばせて、一時間かけて準備するものですのに……!」
中世レベルの文明において、風呂は超贅沢品だ。
庶民は一生入らないこともザラだし、貴族だって毎日は入らない。
「入ってきていいぞ。昨日は野宿だったんだろ? 汗を流してこいよ」
「えっ!? い、いいのですか!? このような『聖なる水』に、私ごときが……!」
「いいから。服も洗濯しとくから」
俺は半ば強制的に、セラフィナを脱衣所に押し込んだ。
ついでに、アイリスにもタオルを持たせる。
「アイリス、使い方の説明頼むわ。シャンプーとか分かんないだろうし」
「御意。主様の愛玩動物をピカピカに磨き上げて参ります」
「ペットじゃないからな?」
◇
数十分後。
「はふぅぅぅ…………」
風呂から上がってきたセラフィナは、骨抜きになっていた。
顔は茹でダコのように赤く、目はトロンとしている。
肌はツヤツヤで、URシャンプーのおかげか、赤髪からはフローラルな香りが漂っていた。
俺があげた予備のジャージ(UR:着心地最高のスウェット)を着ている姿は、どこにでもいる風呂上がりの女子だ。
「ど、どうでしたか……?」
「……天国、でした……」
セラフィナが夢見心地で語り出す。
「あの『しゃわー』という打たせ湯……。蛇口を捻るだけで、温かい雨が降り注ぐなんて……。それに、あの『ぼでぃそーぷ』……。泡立ちが雲のようで、肌が溶けるかと……」
相当ショックだったらしい。
まあ、石鹸すら高級品のこの世界で、現代レベルのアメニティを使ったらそうなるか。
「極めつけは、あの椅子です……!」
「椅子?」
「用を足すと……自動で水が流れ……温かい風でお尻を乾かしてくれる……あの魔法の椅子です……!」
ああ、ウォシュレットか。
あれも設置しといたんだった。
「私、あそこから出たくありませんでした……。王座よりも座り心地が良いのです……」
一国の王女が、トイレに王座の地位を脅かされている。
文明の利器、恐るべし。
「水もある。風呂もある。トイレも快適。……どうだ? 悪い場所じゃないだろ?」
俺がニカっと笑うと、セラフィナは真剣な表情で俺を見つめ返してきた。
そして、その場に膝をつく。
「ライル様。いえ、主様」
「うん?」
「私、決めました」
彼女は決意に満ちた瞳で宣言した。
「私、もう国には帰りません。ここで一生、貴方様の『家畜』として暮らします」
「なんで!?」
「衣食住が……! 地上の王族暮らしよりも、ここの下僕暮らしの方が、遥かに水準が高いのです!!」
プライドはどこに行った。
いや、ある意味、より高い生活水準を求めるのは生物として正しいのか?
「もう、硬いパンも、臭い馬車も嫌です……。このフカフカの寝具(シモンズ製)と、ウォシュレットなしでは生きられない体になってしまいました……」
セラフィナが俺のスウェットの裾を掴んで泣きついてくる。
堕ちたな。完全に。
「まあ、好きにすればいいけど……」
人手が増えるのは悪くない。
アイリス一人に全部任せるのも悪いしな。
「ありがとうございますぅぅぅ! 一生ついていきますぅぅ!」
こうして、亡国の姫騎士は、名実ともに俺の軍門に下ったのだった。
平和だ。
空の上は敵もいないし、美味しいご飯もある。
このままのんびり、農業でもして暮らそう。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
【ピロン♪】
【システム警告:接近する高エネルギー反応あり】
「……ん?」
俺がくつろいでいると、不穏なアラートが鳴り響いた。
接近?
ここは高度1万メートルだぞ?
鳥だって飛べない高さだ。
「主様」
アイリスがスッと立ち上がり、窓の外を睨む。
風呂上がりでほわほわしていた雰囲気が消え、戦乙女の顔に戻っている。
「上、です」
「上?」
俺たちが窓から空を見上げると――そこには、巨大な影があった。
太陽を遮るほどの巨躯。
鋼鉄よりも硬い鱗。
そして、大気を震わせる咆哮。
「……ドラゴン?」
それも、ただのドラゴンじゃない。
全身が黄金に輝く、神々しいまでの存在感。
『鑑定』スキルが、とんでもないステータスを弾き出した。
【名称:古の黄金竜】
【レアリティ:★5(伝説級)】
【レベル:99】
【備考:天空の支配者。神話の時代より生きる最強の生物】
「うそーん」
なんでピンポイントでここに来るんだよ。
もしかして、俺たちの土地が浮いてきたから、縄張りを荒らされたと思って怒ってるのか?
『――我ガ寝床ヲ荒ラスノハ、ドコノ不届キ者ダ』
脳内に直接、重厚な声が響いてきた。
テレパシーだ。
黄金竜が、巨大な眼球で俺たちをギロリと睨みつける。
その口には、灼熱のブレスが溜まっていた。
「ひぃっ!? で、伝説の黄金竜!? なぜここに!?」
セラフィナが腰を抜かす。
無理もない。
人類が束になっても勝てない、動く災害だ。
だが。
「……ふん」
俺の隣で、アイリスが不敵に笑った。
彼女が取り出したのは、ガトリングガンでもチェーンソーでもない。
昨日のガチャで出た、【UR:対艦巨砲主義ミサイル】だった。
「主様の安眠を妨げるトカゲは、ハンドバッグの素材にして差し上げます」
「待て待て待て! 話せば分かるかもしれないだろ!?」
俺の制止も虚しく、最強メイドと最強ドラゴンの、仁義なき戦いが始まろうとしていた。
(続く)




