『王家からの刺客? ああ、その「ゴミ」ならメイドが掃除しました』
「ヒャハハハハ! 見つけたぞ、廃棄王子のライルゥゥ!!」
静寂だった荒野に、下品な笑い声が響き渡った。
要塞ログハウスの前に現れたのは、重厚な鎧に身を包んだ12人の騎士たち。
胸には、俺を追放した祖国の紋章が輝いている。
俺はソファから起き上がり、モニター(外の監視カメラ映像)を眺めながら欠伸をした。
「……うるさいなあ」
せっかくのニート生活初日だというのに。
まあ、来るだろうとは予想していた。
あの兄貴の性格上、俺が野垂れ死ぬのを待つよりも、確実に首を刎ねて「不運を断ち切った」とアピールしたいはずだ。
「主様」
隣でアイリスが、ガトリングガンの安全装置を解除する音がした。
カチャリ、という冷たい金属音が室内に響く。
「汚物が喋っています。耳障りですので、鼓膜が破れる悲鳴に変えて参りましょうか」
「いや、だから殺すなと……はぁ、とりあえず外に出るぞ」
俺は渋々、玄関へと向かった。
◇
「よう、久しぶりだな。えーと……誰だっけ?」
俺が玄関から顔を出すと、先頭にいた騎士が顔を真っ赤にして激昂した。
「貴様ァ! 近衛騎士団・第三部隊長のゲルツだ! よくも忘れたな!」
ああ、思い出した。
兄貴の腰巾着で、俺のことを「ゴミ」と呼んでいじめていた奴だ。
俺は日課のように『鑑定』スキルを発動する。
【名前:ゲルツ】
【レアリティ:★3(希少)】
【レベル:35】
【職業:重騎士】
……ふむ。
一般兵がレベル10〜15の世界で、レベル35は確かにエリートだ。
★3というのも、千人に一人くらいの才能らしい。
間違いなく、この国でも指折りの実力者だ。
「観念しろライル! 貴様のような★1のクズが、一人で生き延びられるわけが……ん?」
ゲルツの視線が、俺の背後にいるアイリスと、巨大なログハウスに釘付けになった。
「な、なんだその豪邸は……!? それに、その後ろの女は!?」
「ああ、これ? 今日のログボ」
「ろぐぼ? 何を言っている!」
ゲルツは貪欲な目でアイリスを舐め回すように見た。
「ふん……まあいい。貴様のような無能には過ぎた女だ。その屋敷ごと、俺たちが有効活用してやるよ。女、こっちへ来い。悪いようにはしない」
下卑た笑いを浮かべ、ゲルツが一歩踏み出す。
その瞬間。
【システム警告:敵意を検知しました】
【アイリスの『殺戮リミッター』が解除されます】
俺の視界に赤い警告ログが流れた。
やばい。
「アイリス、待て!」
「――遅いです、主様」
ドォォォォォン!!
爆発音ではない。
アイリスが地面を蹴った音だ。
彼女の姿が掻き消えたかと思うと、次の瞬間にはゲルツの目の前に立っていた。
「なっ……!?」
「私の主様に『クズ』と言いましたね?」
アイリスの声は、氷点下のように冷徹だった。
「その罪、万死に値します。ですが、主様の命令ですので殺しはしません」
彼女がメイド服のスカートを翻す。
前回俺があげた【UR:神殺しのメイド服】の裾が舞い、そこから目にも止まらぬ速さで『何か』が繰り出された。
「……は?」
ゲルツが間の抜けた声を上げる。
カシャン、カシャン、カシャン。
彼の身に着けていた最高級のミスリル鎧が、一瞬にしてバラバラに解体され、地面に落ちた。
鎧だけではない。
剣も、兜も、そして――下着までも。
一瞬の斬撃の嵐。
それも、皮膚一枚傷つけず、装備だけを切り刻む神業。
「ひ、ひぃぃぃッ!?」
フルチンになったゲルツが、腰を抜かして尻餅をつく。
他の11人の部下たちも同様だ。
気づけば全員、生まれたままの姿で荒野の風に晒されていた。
「き、貴様ぁぁ! 何者だ!? 俺はレベル35だぞ!? この国の英雄だぞ!?」
「レベル35……?」
アイリスは心底不思議そうに首を傾げた。
「ゴミムシの間違いでは? 私の戦闘力換算では、貴方の戦闘力は『5』ですが」
「ご、ご……ッ!?」
「さあ、主様の視界が汚れます。とっとと失せなさい」
アイリスがデコピンを弾くような動作をする。
それだけで発生した衝撃波が、裸の騎士団全員を吹き飛ばした。
「うわあああああああ!!」
星になって消えていく騎士たち。
……これ、生きてるか?
「ふん。掃除完了です」
アイリスは何事もなかったかのように埃を払い、満面の笑みで俺に振り返った。
「いかがでしたか主様! 頂いたこのメイド服、動きやすさが段違いです! まるで羽が生えたように体が軽くて!」
「お、おう……似合ってるぞ」
俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
あれ、騎士団長だったよな?
一国の戦力が、デコピン一つで壊滅って……。
【経験値を獲得しました】
【レベルアップ! Lv1(限界) ⇒ Lv1(限界)】
【※エラー:経験値が溢れています。余剰分は『ストック』されます】
俺には経験値が入らないらしい。
まあ、俺が戦ったわけじゃないしな。
「さて、と」
これで邪魔者はいなくなった。
再びスローライフに戻ろうとした、その時だ。
【ピロン♪】
【システム警告:新たな『生存者』を検知】
「……まだ誰かいるのか?」
俺が視線を向けると、騎士たちが吹き飛んでいった方向とは逆。
岩陰から、ズルズルと体を引きずる人影が現れた。
ボロボロの鎧。
折れた剣。
そして、泥だらけだが気品を感じさせる、長い赤髪。
「はぁ、はぁ……っ! ここは……!?」
女性だ。
それも、ただの冒険者じゃない。
その身に纏うオーラは、さっきの騎士団長よりも遥かに強大で――そして、深く傷ついていた。
彼女は、要塞のような俺の家と、圧倒的な覇気を纏うアイリスを見て、目を見開いた。
「嘘……古代文明の遺跡……? それに、あの魔族ごときを指先一つで……?」
彼女の視線が、俺と交差する。
「貴方は……一体……」
彼女は俺に向かって手を伸ばし――そのまま、糸が切れたように崩れ落ちた。
「主様」
アイリスが瞬時に俺の前に立ち、倒れた女性を警戒する。
「トドメを刺しますか?」
「だから殺すなって! とりあえず保護だ、保護!」
どうやら、俺の平穏なニート生活は、まだまだ遠いらしい。
俺は倒れた彼女を見下ろしながら、『鑑定』を発動した。
表示された文字列を見て、俺は思わず息を呑む。
【名前:セラフィナ・フォン・ゼフィール】
【レアリティ:★4(SR)】
【身分:隣国ゼフィール王国の第三王女(姫騎士)】
「……マジかよ」
ガチャ以外で、初めて『★4』を見た。
しかも、隣国のお姫様だって?
これ、絶対に面倒くさいやつだ。
(続く)




