『初回ガチャの結果がヤバすぎて、荒野が要塞になった』
「――召喚に応じ参上しました。我が主」
砂煙が舞う荒野のど真ん中。
俺の前には、この世の者とは思えない美貌を持つメイド――アイリスが跪いていた。
背中には不釣り合いなほど巨大なガトリングガン。
スカートの隙間から覗くのは、無機質な輝きを放つチェーンソー。
どう見てもカタギじゃない。
だが、俺の『鑑定』スキル(これもログボで勝手に解放されたやつだ)には、ハッキリとこう表示されていた。
【UR:アイリス(終焉の戦乙女)】
【レベル:100(上限突破)】
【忠誠度:MAX(愛)】
……レベル100?
この世界の人間は、どんなに才能があってもレベル50が限界のはずだ。
英雄と呼ばれる親父(国王)ですらレベル45だぞ?
つまり、こいつ一人で国が滅ぶ。
「……えーと、顔を上げてくれ、アイリス」
「御意」
アイリスが立ち上がる。
スラリとした長身。俺を見つめる瞳は、宝石のように美しい。
「主様。まずは周囲の脅威を排除しましょうか? 半径5キロ以内の生命反応を全て消去して参ります」
「待て待て待て」
いきなり虐殺を始めようとするな。
俺が慌てて止めると、アイリスは不思議そうに首を傾げた。
「では、拷問にしますか?」
「誰もいないから! 平和にいこうぜ、平和に!」
俺はため息をついて、まだ宙に浮いている『システムウィンドウ』を操作した。
「まずは拠点の確保だ。野宿は体が痛くなるしな」
さっきの10連ガチャで出たアイテムの中に、ちょうどいいのがあったはずだ。
俺はアイテムボックスから、一つのカードを取り出した。
【UR:要塞型ログハウス(全自動防衛システム付き)】
説明:異界の技術で作られた最高級の別荘。核シェルター並みの防御力と、高級ホテルの快適性を完備。
「よし、ここら辺でいいか」
俺は適当な平地にカードを投げた。
その瞬間。
ズドォォォォォォン!!
大地が揺れた。
まるで爆撃でも食らったかのような轟音と共に、荒野の景色が一変する。
「……ログハウス?」
俺は目を疑った。
そこに出現したのは、丸太小屋なんて可愛いものじゃなかった。
黒塗りの鋼鉄と、極太の巨木を組み合わせた、威圧感バリバリの建造物。
屋根にはレーダーのようなものが回り、窓ガラスは防弾仕様で黒光りしている。
どう見ても『軍事要塞』だ。
だが、玄関周りには手入れされた花壇があり、可愛らしい表札まで掛かっていた。
ギャップがすごい。
「す、素晴らしい……!」
隣でアイリスが感嘆の声を漏らす。
「空間転移による建築……それも、これほどの規模を一瞬で!? さすがは主様。これこそが、神の御業……!」
アイリスの目がキラキラ輝いている。
いや、俺はカードを投げただけなんだけど。
「主様は、この荒野に新たな『千年帝国』を築かれるおつもりなのですね!」
「いや、ただの家だぞ」
俺の訂正も聞かず、アイリスは恍惚とした表情で要塞を見上げている。
まあいいか。
とりあえず中に入ろう。
◇
「うわ、涼しっ」
玄関をくぐった瞬間、俺は思わず声を上げた。
外は灼熱の荒野だというのに、屋内は完璧に空調が効いている。
床は大理石のように磨き上げられ、フカフカのソファに、70インチくらいの巨大な黒い板まである。
「天国かよ……」
王城の俺の部屋なんて、隙間風が入るカビ臭い倉庫だったというのに。
追放された今の方が、100倍いい暮らしをしている。
「主様、喉が渇いておられませんか?」
アイリスが、どこからともなく冷えたグラスを差し出してきた。
中に入っているのは、透き通るような水。
氷まで浮いている。
「気が利くな。ありがとう」
「勿体なきお言葉」
一口飲む。
全身に染み渡るような美味さだ。
【ピロン♪】
『システムメッセージ:UR「神の湧き水」を摂取しました』
『HP・MPが全回復しました。状態異常が全て解除されました』
……ん?
今、とんでもないログが見えたような気がするが、見なかったことにしよう。
ただの水だ。美味い水。それだけだ。
俺はソファに深々と座り込み、天井を仰いだ。
「最高だ……」
働かなくていい。
嫌な奴もいない。
快適な家と、美味い水。
そして、何でもしてくれる美人メイド。
俺が求めていたスローライフが、ここにある。
「アイリス」
「はい、主様」
「俺はもう、ここから一歩も出ないぞ。一生ここでダラダラ過ごす」
俺がニート宣言をすると、アイリスは感動したように胸の前で手を組んだ。
「なんと……! 『俗世の争いには興味がない』と……! 圧倒的な力を持ちながら、あくまで静観を貫くその高潔さ。やはり主様こそ、真の支配者に相応しい」
うん、解釈が重い。
まあ、好意的に受け取ってくれているならいいか。
俺はアイテムボックスを開き、余っていたガチャ産アイテムを取り出した。
「これ、やるよ。俺にはサイズが合わないし」
投げ渡したのは、【UR:神殺しのメイド服】と【UR:対魔装甲カチューシャ】。
あとついでに、【SSR:無限にチョコが出る箱】もあげよう。
「こ、このような国宝級の神器を……私ごときに!?」
「ただの余り物だ。装備しといてくれ」
「一生の宝にします!!」
アイリスがメイド服を抱きしめて頬ずりし始めた。
可愛いところあるな、こいつ。
このまま、平和な一日が終わる。
そう思っていた。
――その時だ。
「……チッ」
突然、アイリスの表情が凍りついた。
さっきまでチョコの箱を見て喜んでいた少女の顔が、一瞬で『殺戮兵器』のそれに変わる。
「ど、どうした?」
「……主様の聖域に、薄汚いネズミが入り込んだようです」
アイリスがゆっくりと立ち上がり、窓の外――荒野の彼方を睨みつける。
「反応数、12。武装しています。紋章から推測するに……王都の『近衛騎士団』かと」
王都。
その単語を聞いた瞬間、俺の脳裏に、あのニヤついた兄・レグルスの顔が浮かんだ。
追放するだけじゃ飽き足らず、刺客を送ってきたってわけか。
「主様」
アイリスが俺の方を振り返る。
その美しい瞳には、どす黒い殺意の炎が宿っていた。
「外の掃除をしてきてもよろしいでしょうか?」
彼女の手元で、チェーンソーのエンジンが、低く、凶悪な唸りを上げ始めた。
(続く)




