『創造神「私がルールだ」 俺「じゃあ、この世界ごと『買収』します」』
バリィィィィィィンッ!!
空が、割れた。
比喩ではない。
世界の天井である空が、ガラス細工のように砕け散ったのだ。
その向こう側に広がっていたのは、宇宙のような漆黒の闇と――
『――見つけたぞ、薄汚いバグ野郎』
裂け目から顔を覗かせた、巨大な少年の顔だった。
「ひ、ひぃぃぃッ!? 空に顔が!? 顔があるぞぉぉぉ!」
「おしまいだ……! 世界の終わりだぁぁぁ!」
豪華客船のデッキは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
無理もない。
空の裂け目から覗くその顔は、山脈よりも巨大で、その瞳には感情のない冷酷な光が宿っていたからだ。
「あれが……創造神……」
隣で、女神(元・システムコア)がガタガタと震えている。
「勝てません……。彼こそが、この世界のコードを書いた『作者』。私たちキャラクターが、作者に逆らうことなど……物理的に不可能なのです」
女神の言葉通り、創造神が指先を少し動かしただけで、船を包んでいた最強のバリアが紙切れのように引き裂かれた。
『私の世界で、私に逆らえると思ったか?』
創造神の声が、鼓膜ではなく脳髄を直接揺らす。
『消えろ。データ屑』
彼が右手を掲げる。
その掌に集束するのは、先日防いだ『天の雷』など比較にならない、純粋な『削除』の光。
「あ、あぁ……」
アイリスが膝をつく。
セラフィナが剣を取り落とす。
ポチが白目を剥いて失神する。
絶対的な『死』が、確定した未来として迫ってくる。
だが。
「……うるさいなぁ」
俺は、デッキチェアに寝そべったまま、トロピカルジュースをすすった。
「せっかくのバカンスなんだ。少しは空気を読めよ、運営」
『……何?』
「お前、さっきから『私の世界』とか『作者』とか偉そうに言ってるけどさ」
俺はサングラスをずらして、巨大な神の顔を見上げた。
「この世界を維持してる『サーバー代』、誰が払ってると思ってんだ?」
『……ハ?』
俺は虚空に指を走らせ、システムウィンドウを開いた。
そこには、俺がこれまで貯め込んだ膨大な『ログボ』の履歴と、未使用の『課金石(配布分)』が表示されている。
「基本無料ゲームの鉄則を教えてやるよ」
俺はニヤリと笑った。
「『作った奴』より、『一番金を使ってる奴(大株主)』が偉いんだよ」
俺はアイテムボックスの最深部に眠っていた、とあるカードを取り出した。
昨日の10連ガチャで出た、意味不明すぎて放置していた最強のジョークアイテムだ。
【UR:全世界の権利書(オーナー権)】
説明:この世界の所有権を証明する書類。行使すれば、創造主すらもあなたの従業員になります。
「……は?」
創造神の動きが止まった。
俺はそのカードを、高々と掲げた。
「権利行使。……この世界を『買収』する」
カッッッ!!
カードが眩い黄金の光を放ち、空の裂け目へと吸い込まれていく。
『な、なんだそのふざけたアイテムは!? 私のデータベースにはないぞ!?』
「そりゃそうだ。これは『運営(お前)』の上位にいる『出資者』権限だからな」
『馬鹿な……! ありえん……! 私が……神である私が……!』
創造神の顔が、恐怖に歪む。
彼の体に、黄金の鎖が絡みつき始めたのだ。
【システム通知:M&A(合併・買収)が成立しました】
【世界のオーナーが『創造神』から『ライル』に変更されました】
【これより、創造神の権限は『アルバイト(研修期間)』に降格されます】
『ア、アルバイトだとォォォォ!?』
絶叫する創造神。
だが、その体は急速に縮んでいき――
ポンッ、という間の抜けた音と共に、デッキの上に転がり落ちた。
そこにいたのは、巨大な顔ではなく、半ズボンを履いた生意気そうな小学生(くらいの少年)だった。
「……あれ?」
元・創造神の少年は、自分の手を見つめて呆然としている。
神としてのオーラが消え、ただの子供になっている。
「ここが現場か。……とりあえず、研修期間中は時給850円な」
俺はデッキチェアから立ち上がり、少年の頭に手を置いた。
「き、貴様ぁぁぁ!! 私に触れるな!! 私は神だぞ!!」
少年が俺の手に噛み付こうとするが、
「アイリス。新入りだ。教育してやれ」
「御意」
瞬間、アイリスが背後に立ち、少年の首根っこを掴み上げた。
手には、いつの間にか復活したチェーンソー(教育用)が握られている。
「ひぃっ!?」
「主様への口の利き方がなっていないようですね。……『新人研修』が必要なようです」
「や、やめろ! 近寄るな! ぎゃあああああ!!」
アイリスに引きずられていく元・神様。
その情けない悲鳴を聞きながら、俺は再びジュースを一口飲んだ。
「……ふぅ。これでやっと、静かになったか」
世界を滅ぼそうとしたラスボスは、俺の『財力』の前にあっさり屈し、弊社のアルバイトとして雇用された。
これで、脅威は去った。
空は青く澄み渡り、海の水位も引き始めている。
「ライル様……」
セラフィナが、涙目で俺を見つめている。
女神が、頬を染めて俺に寄り添っている。
難民たちが、万歳三唱をしている。
「勝った……! 我らの勝利だぁぁぁ!!」
「天空帝国バンザイ! ライル皇帝バンザイ!!」
盛り上がる船上。
だが、俺は知っていた。
この世界を買収してしまったということは、つまり……。
【ピロン♪】
【オーナー権限により、以下の業務が追加されました】
・世界のバグ修正
・魔物の生態系管理
・全人類の願い事対応
・未実装エリアのデバッグ
「……仕事、増えてね?」
俺は頭を抱えた。
スローライフがしたい。
ただそれだけなのに、気づけば俺は、この世界の『運営責任者』になってしまっていたのだ。
「もう嫌だ……。誰か代わってくれ……」
俺の悲痛な叫びは、歓喜の渦にかき消されていった。
◇
そして、数日後。
水が引いた大地に、俺たちは降り立った。
そこには、新しい世界が広がっていた。
俺のガチャ産アイテムで溢れ、ポチが空を飛び、元・神様がコンビニ(自販機)でバイトをしている、カオスで平和な世界が。
「主様、本日のログボです」
アイリスが笑顔で差し出してくる。
【本日のボーナス:UR『銀河』の権利書】
「……規模、でかくなりすぎてない?」
俺の「ログボ生活」は、まだまだ終わりそうにない。
(第1部・完)




