『運営(女神)が「削除」してきたので、「緊急メンテナンス」を発動して動きを止めてやった』
「――削除」
無機質な声と共に、女神が指を鳴らした。
その瞬間、物理法則が崩壊した。
「ぐあっ!? 私の武装が……データごと消滅した!?」
アイリスが驚愕の声を上げる。
彼女が装備していたガトリングガンやチェーンソーが、光の粒子となって霧散したのだ。
それだけではない。
メイド服まで消えかけ、慌ててエプロンで隠している。
『ギャウンッ!?』
ポチ(天竜王)も悲鳴を上げた。
自慢の黄金の鱗が、ボロボロと剥がれ落ちていく。
「抵抗ハ無駄デス。……貴方達ハ、所詮『データ』ニ過ギマセン」
女神は冷徹に見下ろした。
彼女はこの世界のシステムそのもの。
キャラクターが運営に勝てるわけがない。
絶対的な上下関係がそこにはあった。
「サヨウナラ、バグ野郎」
女神が俺に向かって掌を向ける。
掌の前に、巨大な『削除コマンド』の魔法陣が展開された。
触れれば、存在ごと消される。
回避不能の即死攻撃だ。
「……あーあ、やりやがったな」
だが、俺は慌てるどころか、呆れたように溜息をついた。
「運営が勝手に仕様変更してくるのは世の常だが……。予告なしのメンテは、ユーザー離れを起こすぞ?」
俺はポケットから、一枚の『看板』を取り出した。
昨日のガチャで出た、使い所の分からないアイテム筆頭だ。
「まあいい。こっちも『運営ごっこ』に付き合ってやるよ」
俺はその看板を、女神の目の前にドンッ!と突き立てた。
【UR:緊急メンテナンスの看板(詫び石付き)】
その瞬間。
ブツンッ。
世界の音が消えた。
「……ハ?」
女神の動きが止まった。
いや、女神だけではない。
降り注ぐ虚無の雨も、崩壊しかけた海も、アイリスたちの悲鳴も。
森羅万象すべてが、ピタリと静止したのだ。
世界がモノクロームの色調に変わる。
動いているのは、俺だけだ。
「な、何ヲ……シタノデス……?」
女神だけが、かろうじて眼球を動かして俺を見ている。
だが、その体はピクリとも動かない。
魔法陣も凍りついている。
「何って? 見れば分かるだろ」
俺は看板を指差した。
『只今、緊急メンテナンス中です。ユーザーの皆様にはご迷惑をおかけします』
「メンテ中だ。サーバーが閉じてるんだから、誰も動けるわけないだろ」
「そ、ソンナ馬鹿ナ……! 私ハ管理者……! 私ノ許可ナク、メンテナンスナド……!」
「許可? 知るかよ。こっちは『詫び石』払ってるんだぞ」
俺はアイテムボックスから、虹色に輝く石(課金石)をバラバラと撒いた。
これがある限り、ユーザー(俺)の権利は絶対だ。
ガチャゲーにおける最強のルールである。
「ぐ、ぬぅぅぅ……! 体ガ……動カナイ……!」
女神が脂汗を流して抵抗しようとするが、システムが『アクセス拒否』を返しているようだ。
完全なフリーズ状態。
「さてと」
俺は動けない女神の前に歩み寄った。
至近距離で見ると、悔しそうに歪んだ顔も、整っていて美しい。
もったいないな。
「お前、ウイルスに感染してるぞ」
「……ハ?」
「目が赤い。あと、殺意が高すぎる。……創造神とかいうガキに変なプログラムを入れられたんだろ?」
俺はポケットから、次なるアイテムを取り出した。
USBメモリのような形状をした、光り輝くスティックだ。
【UR:究極のデバッガー(バグ修正パッチ)】
「動けないうちに、治療してやるよ」
「や、止メロ……! 私ノコードニ触レルナ……! 私ハ……神ダゾ……!」
「はいはい、じっとしてろ」
俺は女神の額に、デバッガーをピタリと押し当てた。
【パッチ適用中……0%……50%……100%】
【完了しました。システムを再起動します】
カッッッ!!
女神の全身が光に包まれる。
「あ、あぁぁぁぁぁぁッ!!?」
断末魔のような、あるいは歓喜のような声が響き渡る。
彼女の体から、ドス黒いモヤ(創造神の悪意)が抜け出て、霧散していく。
そして。
「……メンテ終了」
俺が看板を片付けると同時に、世界に色が戻った。
時は再び動き出す。
だが、そこにはもう『殺戮の女神』はいなかった。
「……あれ?」
その場にへたり込んでいたのは、憑き物が落ちたようにキョトンとしている、一人の美女だった。
瞳の色は、毒々しい赤から、透き通るような青に変わっている。
彼女は自分の手を見つめ、それから俺を見上げた。
「私……今まで、何を……?」
「おはよう。調子はどうだ?」
俺が手を差し伸べると、彼女はおずおずと握り返してきた。
「システム・オール・グリーン。……異常ありません、マスター」
「マスター?」
「はい。貴方様が私を『修正』してくれました。……貴方様こそが、私の新しい管理者です」
女神が頬を赤らめ、うっとりと俺を見つめる。
【ピロン♪】
【システム通知:『世界の理(女神)』が仲間になりました】
【管理者権限(全アクセス権)を獲得しました】
「……マジかよ」
どうやら俺は、この世界の『運営権』そのものを乗っ取ってしまったらしい。
もう、誰も俺をBANできない。
◇
――神界、管理室。
ガシャアアアアンッ!!
創造神(少年)が、モニターを拳で破壊した。
「ふざけるなぁぁぁぁッ!!」
絶叫が響き渡る。
「私の女神が!? 私のアバターが!? あんな小僧に寝取られただとぉぉぉ!?」
怒りで髪が逆立っている。
自分が作った最強のセキュリティソフトを、敵に『再インストール』されて使われる屈辱。
もはや、プライドは消し炭になっていた。
「許さん……。もう許さんぞライル……!」
創造神は、血走った目で虚空を睨んだ。
「こうなれば、私が直接行くしかない。……この手で、あのふざけた豪華客船を叩き潰し、あのバグ野郎の首を引きちぎってやる!!」
少年が指をパチンと鳴らす。
ズズズズズズ…………ッ!!
神界そのものが振動し始めた。
彼は、高次元の座を捨て、自ら低次元(地上)へと降臨するつもりだ。
「震えて眠れ。……『神』の本当の力を見せてやる」
最終決戦は、まだ終わっていなかった。
いや、ここからが本当の『地獄』の始まりだった。
(続く)




