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『召喚された「天使」が、俺の家の「エアコン」を見て土下座した』

「――見つけたぞ、地上の理を乱す『特異点』よ」


天空の浮遊大陸の上空。

そこに、太陽よりも眩しい光の巨人が降臨した。


背中には六枚の翼。

手には、世界を焼き尽くす炎の剣。

神の最高位の使い、『熾天使セラフィム』だ。


「ひ、ひぃぃぃッ! 神様だ! 本物の神の使いだ!」

「お許しください! 我々はただ、美味しいご飯につられただけで……!」


難民たちが地面に額をこすりつけて命乞いをする。

無理もない。

天使が放つプレッシャー(霊圧)だけで、空気がビリビリと震え、呼吸すら困難になっているのだから。


『グルルルゥ……ッ!』


ポチ(天竜王)が威嚇するが、その足はガクガクと震えている。

格が違うのだ。

生物としてのランクが、絶望的なまでに離れている。


「貴様が『魔王』ライルか」


天使の黄金の瞳が、ログハウスの庭に出てきた俺を射抜く。


「神の威光を借りず、偽りの楽園を作り、民を惑わす大罪人。……その罪、万死に値する」


天使が剣を振り上げる。

それだけで、周囲の気温が一気に上昇した。


「熱っ!?」


俺は思わず顔をしかめた。

なんだこいつ、歩く暖房器具か?

ただでさえ太陽に近い高度なのに、これ以上暑くされたらたまらない。


「おい、ちょっと待て」


俺は片手を上げて制止した。


「命乞いか? 無駄だ。神の裁きは絶対であり……」


「いや、そうじゃなくて。暑いから中に入って話そうぜ」


「…………は?」


天使の動きが止まった。


「暑い……だと? 私の聖なる浄化の炎を、単に『暑い』と……?」


「いいから来いって。涼しいお茶くらい出すから」


俺はさっさと踵を返し、ログハウスの中へと戻った。

天使は呆気にとられていたが、すぐに表情を険しくして後を追ってきた。


「愚かな……。密室に誘い込み、罠にかけるつもりか? 神の眼は欺けんぞ」


   ◇


「お邪魔する」


天使が警戒心マックスで、リビングに足を踏み入れた。

その瞬間。


ピピッ。


俺はリモコンのボタンを押した。


ブォォォォォォ…………


天井付近に設置された『白い箱』から、冷たく澄んだ風が吹き下ろされた。


「な、なんだこれは……ッ!?」


天使が目を見開いた。


彼の体は、常に神聖な高熱(核融合に近いエネルギー)を帯びている。

そのため、地上のどこに行っても「暑い」のが当たり前だった。

火山の中にいるようなものだ。


だが、この部屋は違う。


「冷たい……? いや、ただ冷たいのではない……! この空間だけ、分子運動そのものが『制御』されている……!?」


天使が震える手で、空気を掴もうとする。


「極寒の吹雪ブリザードの概念を、この狭い箱の中に封じ込め、飼い慣らしているというのか!? ありえん! 天候操作は神の御業だぞ!?」


「ああ、それ? 今日のガチャで出たやつ」


俺はソファに座り、説明した。


【UR:絶対零度のエアコン(神風機能付き)】

説明:設定温度を0.1秒で実現する最強の空調。マイナス273度から5000度まで調整可能。除湿・空気清浄・ウイルスキラー完備。


「設定温度は24度だ。快適だろ?」


「24度……? この『春の木漏れ日のような快適さ』を、数値で管理していると……!?」


天使は膝から崩れ落ちた。

彼の常識(神界の常識)では、快適さとは「祈り」によって与えられる不確定なものだった。

それを、ボタン一つで、しかも完璧にコントロールするなど、神を超えた所業だ。


「主様、麦茶をお持ちしました」


タイミング良く、アイリスが氷の入ったグラスを差し出す。

天使は夢遊病者のようにそれを受け取り、一気に飲み干した。


「…………ッ!!」


【システムログ:天使の『オーバーヒート』状態が解除されました】

【天使の『精神汚染(神への盲信)』が浄化されました】


「う、美味い……! 五臓六腑に染み渡る……!」


天使の目から、光る涙がこぼれ落ちた。


「私は……何のために戦っていたのだ……? 神界の『無限労働ブラック』に耐え、有給も取らずに人間を監視し……。こんなに涼しくて、美味い茶がある場所が、地獄(魔界)であるはずがない……!」


どうやら神界は、かなりのブラック企業だったらしい。

エアコンと麦茶のコンボが、社畜天使の心をへし折ってしまった。


「……ライル殿」


天使が、床に正座した。

背中の翼も、申し訳なさそうに畳まれている。


「ここに、求人募集はあるだろうか?」


「え、働くの?」


「はい。この『エアコン』なる神具の守護者として、雇って頂きたい。給料はいらん。ただ、涼しい部屋と、この麦茶があればいい」


安い。安すぎる。

神の尖兵が、電気代と茶葉代だけで買収されてしまった。


「まあ、いいけど……。じゃあ、ポチの世話係な」


『ワンッ!(新入リ!)』


「承知した。……ポチ先輩、よろしくお願いします」


こうして、俺の家にまた一人、規格外の居候(天使)が増えたのだった。


   ◇


――その頃、はるか高次元の『神界』にて。


無数のモニターに囲まれた空間で、一人の少年(に見える存在)が、苛立ちに満ちた声を上げていた。


「……おかしい」


彼は、この世界を管理する『創造神アドミニストレータ』。

キーボードを叩く指が止まらない。


「なぜ、バグが修正されない? 天使アンチウイルスソフトを送ったのに、なぜか敵に取り込まれている……」


画面には、ライルのログハウスでくつろぐ天使の姿が映し出されていた。


「それに、あのアイテム……『エアコン』? 『自動販売機』? 私のデータには存在しないコードだ。……まさか、外部からのクラッキングか?」


創造神の瞳が、冷徹な光を帯びる。


「面白い。私の作った箱庭(世界)を荒らすというなら、徹底的に排除してやる」


彼がエンターキーを強く叩いた。


【コマンド入力:ワールド・リセット(大洪水)】

【実行までのカウントダウン:72時間】


「楽しみにしておけよ、バグ野郎ライル。……世界の全てを海に沈めてやる」


最強のスローライフの裏で、世界滅亡のカウントダウンが、静かに始まっていた。


(続く)

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