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『移住希望者が殺到したので、適当に「自動販売機」を置いたら神殿扱いされた』

「お願いです、ライル様! 私たちもお連れください!」

「もう地上の暮らしは嫌だ! 神の国へ行きたいんだ!」


地上、旧王都跡地。

そこは、さながら宗教イベントの会場と化していた。


兄の軍勢を追い払った後、難民たち(と商人たち)が俺を取り囲み、土下座の波を作っているのだ。

その数、およそ3000人。


「……困ったな」


俺はポリポリと頬を掻いた。

天空の浮遊大陸は広い(半径10キロある)から、土地自体は余っている。

それに、今後もガチャでアイテムが増え続けることを考えると、管理してくれる人手は欲しい。


「よし、分かった。希望者は全員、上に連れて行く」


「おぉぉぉ……! 慈悲深い……!」

「一生ついていきます! 神よ!」


「だから神はやめろって。……ポチ、仕事だぞ」


『ワンッ!(御意!)』


俺は巨大化したポチ(天竜王)の背中に、【UR:魔導観光バス(定員100名)】を無理やり縛り付け、ピストン輸送を開始させた。


   ◇


――天空、浮遊大陸。


「す、すごい……本当に空の上に大地が……」

「空気が美味い……体が軽くなるぞ……」


運び込まれた難民たちは、緑豊かな大地を見て涙を流している。

まあ、ここには【UR:世界樹の苗木】も植えてあるから、空気清浄効果が抜群なのだ。


だが、問題は『衣食住』だ。

家はまだログハウス一軒しかない。


「とりあえず、仮設住宅を作るか」


俺はアイテムボックスを開き、在庫処分市を開始した。

昨日の10連ガチャで、ちょうど『建材セット』が大量に出ていたのだ。


「アイリス、設置頼む」

「御意。区画整理を行います」


アイリスが指示を出し、俺がカードを使用する。


ドシュゥゥゥン!!


一瞬にして、整然とした『プレハブ住宅街』が出現した。

プレハブと言っても、UR品質なので断熱・防音は完璧だ。


「……魔法だ。魔法で街ができたぞ」

「しかも、壁が白い! 汚れ一つない!」


人々が恐る恐る建物に触れる。

この世界、庶民の家は土壁か木造が基本だ。

プレハブの無機質な美しさは、彼らには神の建築に見えるらしい。


「よし、次は水と食料だな」


俺は広場の中央に、とある『機械』を設置した。

これも、いつかのガチャで出て倉庫に眠っていたやつだ。


【UR:無限在庫の自動販売機(災害対応型)】

説明:お金を入れると飲み物や軽食が出てきます。災害時は無料開放モードになります。電気不要の魔力駆動。


真っ赤なボディに、ガラス越しに見える色とりどりのジュース缶。

さらに隣には、温かい食べ物が出る『レトロ自販機うどん・そば』も並べた。


「これは……なんだ?」

「赤い……箱?」

「中でおかずが光ってるぞ……?」


人々が遠巻きに自販機を見つめる。

未知のテクノロジーに対する畏怖だ。


「これの使い方を教えるから、よく見てろよ」


俺はポケットから銅貨を取り出し、投入口に入れた。

チャリン、という小気味良い音がする。

そして、『おしるこ』のボタンをポチッとな。


ガコンッ。


取り出し口に、温かい缶が転がり落ちてくる。


「!!?」


群衆がビクッと体を震わせた。


俺はプルタブを開け(プシュッという音にまたビビる)、甘い香りのする液体を飲んでみせた。


「ふぅ、美味い。……ほら、誰かやってみるか?」


俺が手招きすると、一人の少女がおずおずと進み出てきた。

ボロボロの服を着た、孤児のようだ。


「……やって、みる」


少女は俺から銅貨を受け取り、震える手で投入口に入れた。

そして、『コーンポタージュ』のボタンを押す。


ガコンッ。


出てきたのは、熱々の缶。

少女はそれを両手で包み込み、一口飲んだ。


「……っ!」


少女の目が大きく見開かれる。


「……おいしい。あったかい……!」


その一言が、合図だった。


「おおぉぉぉ!! 硬貨を捧げると、神の恵みが出てきたぞ!!」

「これは『祭壇』だ! 豊穣の神の祭壇に違いない!!」

「拝め! ありがたや、ありがたやぁぁ!!」


人々が自販機に向かって一斉に平伏し、祈りを捧げ始めた。

違う、それは自販機だ。

拝むものじゃない。


だが、止まらなかった。

商人たちは「この箱の構造はどうなっているんだ!?」と裏側を覗き込み、主婦たちは「ボタン一つで調理済みの食事が!?」とレトロ自販機の前で感涙している。


「主様」


セラフィナが、真剣な顔でメモを取っていた。


「この『ジハンキ』なる祭壇……我が国の教会に設置すれば、信者数が100倍になります。素晴らしい布教ツールです」

「布教用じゃないからな?」


こうして、俺の意図とは裏腹に、天空の街には『赤き箱の神殿』が建立されてしまったのだった。


   ◇


それから数日。

天空の街は、急速に発展していた。


難民たちはプレハブに住み、自販機で食料を得て、ポチが運んでくる資材で農作業を始めた。

俺はと言えば、要塞ログハウスのコタツで、ガチャを回すだけの日々だ。


「平和だなぁ」


そう呟いた時だった。


【ピロン♪】

【システム警告:結界内に『高レベルの敵対者』が侵入しました】


「……お?」


アラートが鳴る。

ポチでも、地上の軍隊でもない反応だ。

それも、難民たちの居住区画の中に、紛れ込んでいるらしい。


「主様」


アイリスが音もなく現れる。

手には、お掃除用具(という名の凶器)が握られていた。


「ネズミが一匹、混じっていたようです。聖法教会の『異端審問官』かと」


「異端審問官?」


「はい。神に背く者を秘密裏に処分する、教会の暗部です。……どうやら、難民に化けて侵入したようですね」


教会の刺客か。

兄貴の一件で目をつけられたとは思っていたが、仕事が早い。


「場所は?」

「『赤き箱の神殿(自販機コーナー)』の前です」


……あそこで何してるんだ?


   ◇


自販機の前。

そこには、フードを目深に被った怪しい男が一人、立っていた。


彼の名は、異端審問官・クラウス。

数々の異端者を火炙りにしてきた、冷酷非道な処刑人である。


(フン、ここが噂の天空都市か……)


クラウスは、フードの下で鋭い眼光を光らせた。


(邪教の徒め。悪魔の力で民を惑わし、空に城を築くなど……神への冒涜だ。この私が、教皇猊下の名において断罪してやる)


彼の懐には、強力な『爆裂魔法の魔石』が隠されていた。

これを街の中央で起爆させれば、この浮遊大陸ごと地落とすことができる。


(まずは、あの奇妙な赤い箱……あれが民を洗脳する装置か?)


クラウスは自販機に近づいた。

信者たちが「あったか〜い」と言いながら、幸せそうに缶を抱えている。


(洗脳液か? 毒か? ……確認する必要があるな)


彼は周囲を警戒しつつ、信者が落とした銅貨を拾い、自販機に入れた。

そして、適当なボタンを押す。


ガコンッ。


出てきたのは、『UR:極上のカフェオレ』。


(……温かい。毒見だ。一口だけなら……)


クラウスはプルタブを開け、カフェオレを口に含んだ。


「…………ッ!!?」


衝撃が走った。

芳醇なコーヒーの香りと、濃厚なミルクの甘み。

そして、疲れた体に染み渡る、絶妙な温度。


(な、なんだこれは……!? 教会の聖餐パンとワインよりも……遥かに美味いだと……!?)


クラウスの手が震える。

彼は知らなかったのだ。

教会の質素な食事しか知らない人間に、現代のカフェオレ(砂糖多め)がどれほどの破壊力を持つかを。


(い、いや、これは悪魔の甘い誘惑だ! 騙されんぞ!)


だが、彼のもう片方の手は、無意識のうちに懐の財布から次の銅貨を取り出していた。


(次は……この『ココア』というものを……)


チャリン。ガコンッ。


(甘い……! 心が……溶ける……!)


チャリン。ガコンッ。


(『おしるこ』……! 小豆が入っているだと!? 革命的だ!)


数分後。


俺とアイリスが到着した時、そこには信じられない光景が広がっていた。


自販機の前で、大量の空き缶に囲まれ、へたり込んでいる不審者。

フードが外れ、その顔はカフェオレの髭をつけながら、恍惚の表情を浮かべていた。


「……神よ。ここにおられたのですか」


異端審問官クラウス。

陥落まで、わずか10分。

カフェオレの糖分が、彼の信仰心を上書き保存してしまった瞬間だった。


「……アイリス」

「はい」

「あれ、どうする?」

「放置で良いかと。もう『こっち側』の顔をしています」


こうして、俺の天空都市に、また一人頼もしい(?)人材が加わったのだった。


だが、地上ではさらなる脅威が迫っていた。

審問官の帰還が遅いことを悟った聖法教会が、ついに『本気』を出そうとしていたのだ。


『――起動せよ。神の鉄槌、対空殲滅兵器「天のケラウノス」を』


(続く)

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