009:ゴブリン
ゴブリンたちの飛び道具は弓矢。
あとは棍棒ぐらいだが油断は厳禁だ。
何せ人間の女性に乱暴をした上で、その女性を盾にして近づいてくることがあるぐらいだ。
モンスターの中では一番ずる賢い上に、厄介な存在。
下手なモンスターよりも恐れられている。
ゲームでは雑魚敵かもしれないが、実際には知能を持った敵対モンスター。
5歳児ぐらいの知能がある上に、原始的な罠を張って待ち構えているだろう。
俺が車でバックをしたので追いかけてきているが、奴らも獲物が来たと言わんばかりに追いかけてくる。
「あいつらも魔法世界では敵対種族だったのか」
「ええ、罠を張って待ち構えて強奪するし、女を孕み袋にして乱暴にする恐ろしい魔物よ」
「そりゃヤバいな。こっちの科学文明世界では架空のモンスターで弱いイメージが碇石だったが、それもここでは通用しないというわけか」
「ところで、あのゴブリンたちをどうするつもり?」
「数体を仕留める。遠距離から一方的に狙撃すれば奴らは退却するだろう。そして、奴らのアジトまで誘導係として連れていってもらう……」
「アリアケちゃん……まとめて始末する気?」
「そうだ。魔石回収業者も魔法世界の職種である冒険者もゴブリンには手を焼いているんだ。一個群体のゴブリンの群れを始末できれば、それなりの魔石回収にも繋がる。悪い話ではないはずだ」
「それもそうね……」
「よしっ、射程圏内に入った……一気に仕留めるぞ」
「了解……魔法は魔石を失わない範囲の攻撃でいいわね?」
「それでいい。俺は左から……ラウムは右のゴブリンを頼んだ」
「任せて!」
ゴブリンはありがたいことに横に並んで道路を走ってきた。
まるで的のようだ。
人間に近いが……それでもモンスターはモンスター。
害獣だ。
それでいて、俺たちの懐を潤してくれる魔石を産み出す収入源だ。
有り難く狩らせてもらおう。
人類は確かに大融合事変によって劣勢に立たされた。
版図は大幅に縮小し、日本は札幌や太平洋工業ベルト地帯、沖縄本島がダンジョン化してしまった。
それでも科学文明側の意地というものが残っている。
それに、科学文明側には魔力がなくても一定の加害力を加えることが出来る『銃』という存在がある。
その銃を使ってゴブリンに狙いを定める。
奴らの射程圏外から一方的に攻撃が出来るという事は、大きなアドバンテージでもあるという事をゴブリンたちに分からせてやるのだ。
ラウムは魔法の杖を取り出し、俺は銃を構えて引き金を引いた。
一発目。
左端にいたゴブリンの頭部を撃ち抜いた。
いいね、初弾が命中。
加護魔法が効いている証拠だ。
命中率を高めると言われており、今の俺は超一流スナイパー並の命中精度を誇る。
魔石は心臓の辺りに宿っている。
故に心臓は狙わない。
最も人道的な殺し方だ。
二発目。
次は鼻の真ん中あたりに命中した。
足から崩れ落ちるように倒れて地面に転がっていく。
その間に、ラウムは魔法を使った攻撃に打って出た。
瞬時に空気を凍らせて、その凍った空気を氷柱にして高速で打ち出す「アイス・ピラー」という技だ。
3体のゴブリン目掛けて放たれた氷柱が脳天を貫く。
一気に数が減った。
三発目。
足を止めたゴブリンに狙いを定めて撃ち殺した。
動いているのはやりずらいが、一気に仲間が半分になったのに動揺しているのか逃げようとして立ち止まった瞬間を狙わせてもらった。
安らかに眠ってくれ。
お前の死体は有効活用させていただく。
四発目。
ついに残っていたゴブリンたちが逃げ出した。
だが複数名いるとまだ邪魔になるし脅威だ。
故に殺す。
響き渡る銃声に、電柱に留まっていたカラスたちが逃げ出していく。
ラウムももう一度アイス・ピラーを使ってゴブリンたちを始末してくれた。
逃げ延びたのは一体のゴブリンだけだ。
「よしっ、ラウム!アイツを追うぞ」
「分かったわ!」
銃を担いで駆け足で走りだす。
この辺りを根城にしているのであれば、そう遠くには逃げないはずだ。
ゴブリンもそこまでバカではないが、本来は臆病な性格なのだ。
オークなどに付き従えているのも、ボスの加護によって臆病な自分たちを勇ましく見せるためのテクニックでもあるわけだ。
草木に覆われている碓氷川から挟撃を仕掛けてくる可能性もあるが、ゴブリンという生き物は基本的に戦利品をグループで独占する傾向が強い。
群れで行動しているモンスターだ。
集団行動をしているのであれば、その群れが一気にやられた場合は増援を呼ぶか、安全な場所に逃げようとするのが鉄則だ。
今追いかけているゴブリンは後者のようだ。
武器である棍棒を捨てて逃げ出している。
俺とラウムは駆け足で逃げたゴブリンが駆け込んだ廃墟となった飲食店にやってきた。
罠を仕掛けている可能性もあるが、あいつらは基本的に憶病で集団で行動するモンスター。
単独では物陰に隠れてびくびくしているはずだ。
「この中を拠点にしている可能性が高いな……入り口も柵を設置しているようだし、間違いなさそうだ」
「どうするの?中に入る?」
「ああ、先ずはこの柵を吹っ飛ばしてから入るとしよう。風魔法で吹き飛ばすことはできるか?」
「やってみるわ」
ラウムは杖を使って風魔法を引き起こす。
空気を圧縮して、台風並みの速度を出している風圧を柵目掛けて押し飛ばした。
ものの見事に柵は吹っ飛んだ。
柵だけでなく、周囲に残っていたガラスや窓枠なども全て吹き飛んでいった。
火炎魔法を使うという事も考えたが大規模火災の原因にもなり得る上に、戦利品となる魔石を焼失するリスクにもつながる。
こうした建物内での制圧には光魔法で相手の視力を一時的に奪ったり、風魔法や水魔法を使って足止めをしてから狩る方法が使われているというわけだ。
「ぎぃぃぃぃぃぃっ……!ぎぃぃぃッ……!!!」
柵の後ろに隠れていたゴブリンが吹っ飛んで割れたガラス片が無数に突き刺さっていく。
痛々しい光景だが、まだ息があるようでうめき声を上げながらうずくまっていた。
周囲には食堂の椅子やテーブル、それにゴブリンたちの戦利品が散乱している。
「あのゴブリン、まだ生きているようだな」
「どうする?トドメを刺すの?」
「いや、その前にやる事があるからね……」
俺は建物内に歩きだし、ゴブリンを踏みつけて銃口を頭に向ける。
さっきの攻撃を目の当たりにしているゴブリンからしてみれば、即死は間違いない。
死ぬ瀬戸際ということもあってか、置かれた状況を理解したようであった。
俺は魔法世界の言葉を使ってゴブリンに尋ねた。
『言葉は分かるか?分かるなら頷け』
『!!!』
魔法世界の言葉で話しかけられたことに驚いたのか、必死に頷いている。
やはり言葉を理解するだけの頭はあるようだ。
続けて俺はゴブリンに言った。
『女性を連れ去ったようだな……』
『!ナ、ナゼソレヲ……』
『分かるんだよ。この一階の食堂に女性物の下着や衣類が散乱しているのが何よりの証拠だ。自分たちのストレス発散要因として女性を攫って乱暴することは常套手段だろうが、戦利品なら尚更壊れるまで使うのがお前たちのやり方だろう』
『ナニガイケナイノダ!弱肉強食ノ世界ダロウガ……!』
『……確かにそうだな……で?今のお前はどうなんだ?』
『ド?』
『俺はお前を一撃で仕留める武器を向けている。この指を動かせばお前は死ぬ。弱肉強食でどっちが強食か?分かるか?』
『ヴ……ワカッタ、女ト財宝ハクレテヤル!オマエガ強イ!』
『よろしい。それで、女と財宝はどこにいるんだ?』
『上ノ階ダ!』
『うむ、他に仲間は?』
『イナイ!皆オ前等ガ殺シタ!ダカラ俺ヲ見逃シテクレ……』
『自分だけは助かると思うなよ外道が』
俺は情報を全て聞き出した後にゴブリンを撃ち抜いた。
自分だけは助かろうとする魂胆が気に食わない。
これでさらわれた女性が生きているのであれば、助けないといけない。
「ラウム、上の階にいくぞ」
「ええ、分かったわ」
「もし生存者がいたら救助したい。手を貸してほしい」
「勿論よ。アリアケちゃんの頼みだもの」
食堂の二階にあるドアを蹴り飛ばす。
蹴り破った先には、目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。