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007:スキル

車を駐車場から出して50メートルほど進んだ際に、車内に警告音が響く。

メーターを見ると『シートベルトを装着してください』というメッセージと共に、カーナビの音声で『助手席側のシートベルトを装着してください』と語りかける。

それを聞いたラウムは驚いていた。


「わぁっ!?車が喋った?!」

「……ラウム、シートベルトの締め方は知っているか?」

「え?シートベルト?」

「左側に付いているだろう?そのベルトだ。それを前に掛けるだけで事故を起こした時の生存率が格段に上がるんだ。大融合事変前の交通法では絶対的な義務でもあったんだよ」

「へぇ~……じゃあ付けておくわね……これでいい?」

「おう、警告メッセージも消えたし、それでいいぞ」


ラウムは言われた通りにシートベルトを締めてくれた。

よりベルトが胸元に食い込んでしまっているが、見なかったことにしよう。

乳よりも目の前の運転に集中しなければならない。

わき見運転は事故の元だ。


山道を走っていると、群馬県でも世界遺産登録を目指していためがね橋に差し掛かる。

特徴的な煉瓦造りのアーチであり、鉄道を敷設した際に橋梁きょうりょうとして使用されていた。

観光地化にも力を入れていたが、大融合事変後はその一部が崩れてしまっている。

大規模な倒壊ではないが……人の手が全く加えられていない上に、元々明治時代に竣工した橋だ。

時間経過と共に劣化が進んでいるのだろう。


「あら?あそこにも停まっている車があるわね……」

「ほんとだ、護衛車両も数台いるな……」


橋のすぐ近くにあるカーブの路肩には停車している車が幾つも見受けられる。

安全地帯外での魔石回収以外にも、使える物資などを都市部から運搬する連中だ。

派手なカスタマイズがされているセダンタイプの車両が4台、その間に装甲板を取り付けた2台の中型トラックが停車している。

魔石を回収する俺とは違い、中型トラックに詰め込めるだけ物品を詰め込んでいるせいか、過積載状態となっている影響でタイヤがパンクして修理をしている最中のようだ。

彼らの容姿を見て、俺はすぐにラウムに目を合わせないように注意する。


「ラウム、あまり目を合わせないほうがいい。あいつらはあまり素行が良くない連中だ」

「そうなの?」

「ああ、腕や首元の刺青を見ただろう?あれは大融合事変前に反社会的勢力として名を挙げていた連中だよ」

「反社……?」

「具体的に言うと、一般人を騙したり弱みに付け込んで金品などを巻き上げたり、時には暴力事件などを起こして厄介事を起こす連中のことだよ」

「あー……そう言うことね。王国にも似たような人達がいたわね」

「大方、日本人だけじゃなくて他のアジア系グループと合流した連中だな。顔つきも違う」


横目で見るが、見るからにカタギの人間ではない。

首の辺りにタトゥーが彫られているし、身なりなども普通の人間であれば避けるような容姿をしている。

所謂半グレと呼ばれている連中だろう。

大融合事変後、大都市圏に属していた反社会的勢力の多くが壊滅した影響で、地方都市で細々とやっていたヤクザなどが権力を握り、今では足りなくなった国防能力を補うために治安要員として駆り出されている程だ。


国内での治安維持を担う代わりに、安全地帯外における生活物資の回収などを担う業務などを州政府から依頼を受けて行う『外部物品回収業』の多くが、ヤクザのフロント企業を通じて合法的に金を稼いで上納するシステムが出来上がったというわけだ。

帰国できなくなった外国人のアウトロー系の組織も吸収しており、中国系や東南アジア系のギャングも安全地帯ではヤクザ組織の傘下に入っている。


対暴法によって規制されたはずのヤクザも、大融合事変後には一定の権力を掌握し、警察にとっても、彼らの活動によって大融合事変前の物資が搬入できる関係で、殺人などの大事を起こさない限り、事実上黙認されているのが実情だ。

それに、安全地帯において不適格者とされた人間を使っているという話も知っている。


「安全地帯内では治安を乱す行為をすれば刑務所での労働刑……それでも改善できないようなら安全地帯からの追放刑も含まれているんだ」

「安全地帯からの追放……偶に走っている網が取りつけられた箱みたいな車で移動しているやつ?」

「そうだ。警察の護送車だな……その中に迷惑行為や素行不良が多くて指導しても駄目な連中が乗せられて、1週間分の食糧と水のみを渡されてそのまま追放さ……運が悪ければその日のうちにモンスターの餌食だ」

「実質的に死刑みたいなものね。でも武器も持たずに出歩くなんて危険よ」

「だけど、そんな追放刑に処された連中をセーフハウスで匿って、衣食住を保障する代わりに危険な仕事を請け負わせているって話だ。ヤクザにとっても法令遵守を守らなかった連中の人心掌握をしてこき使うことに長けているからね……」

「政府からしてみれば犯罪者を減らせる上に、安全地帯外での作業でこき使うことができるってわけね」

「そう言う事だ」


こういう連中とは関わらないのが一番だ。

何かと目線があっただけでトラブルの元になる事が多い。

特に、魔石回収と物品回収とでは性質が違う。


魔石回収は政府などの行政から委託された業者や個人が認可を受けて行っている反面、物品回収に関しては正式な認可手続きをとらずに民家や商店から略奪まがいのやり方でモノを盗んでいる連中も多いのだ。

こうした連中が安全地帯外の宝石店などを襲っている例もあるぐらいだ……。

ケースバイケースとして、熊野平村のように生活に必要な物資調達のために廃墟化した民家や商店からテーブルやソファーなどを調達しているところもあるが……その場合は安全地帯外においては『日本国の法律が及ばない外地』という扱いだ。

つまるところ……黙認というわけだ。

彼らの話をしていると、カーナビから音声が流れる。


『この先、しばらく道なりに進んでください』


宇宙(そら)高く打ち上げた人工衛星への被害はない。

GPS機能が生きていることで、ナビの指示に従って運転することができるというわけだ。

高崎市のダンジョンが形成されている高崎駅周辺までの距離は35km。

車で順調に走れば1時間程度で到着できる距離だ。

……あくまでも、大融合事変前の話になる。


碓氷峠を抜けて中山道坂本宿があった地区に差し掛かる。

ここから路上には乗り捨てられた車が見受けられるようになる。

家の窓は空きっぱなしとなっており、略奪されたのか施錠されているはずの玄関がこじ開けられた家が無数に点在している。

そして、ルートの進路を塞ぐ形で横転したバスが立ちはだかる。

赤いスプレーでバツ印が付けられている。

この先、この道での移動不可の合図だ。

その隣に右側に通り抜けできる脇道を示す矢印マークが描かれている。

ここで脇道へと抜けるルートに変更だ。


「この先、道なり……か……脇道に入るぞ」

「放置されている車も多くなってきたわね……」

「みんな首都圏から逃げてきたからね、動けなくなったり事故を起こした車はそのまま放置……物品回収屋の連中によってドアや使える部品は剥ぎ取られていくのさ……」

「まるでむくろみたいね……」

「そうだね……科学文明の成れ果てた光景だな……ここからは5年前から時間が止まったままだよ」


上信越自動車道として建設された碓氷橋には、何百台もの車両が立ち往生したままの状態で連なっている。

中にはガードレールを突き抜けて橋の下に落ちて潰れた車も複数台ある。

大融合事変後はモンスターによる襲撃で交通網は死んだ。

いきなり襲い掛かってきたモンスターたちから逃れようと、都市部から避難してきた人達が車で一斉に逃げ出したせいで大渋滞が発生。

モンスターが迫ってきた際に車両を放棄して徒歩で逃げてきたんだ。


それがそのまま残されている。

モンスターに襲撃されて焼かれた車なんてザラにある。

モンスターだけでなく、大融合事変の際に乗じた空き巣や火事場泥棒による被害なども含めて、相当数の人間が犠牲になった。

俺の家族も……その中に含まれる。

故に、滑舌になって言葉が出てくる。


「こうして車を運転しているとつくづく思うんだよ……俺がこうして運転できているのも、自動車社会が終焉を迎えたからね……対向車もなく……ただ、ひたすらに道路を走る……」

「それは……どういう意味かしら?」

「文字通りさ。科学文明時代の日本では様々な車が走っていたんだ。安価な軽自動車から数億円もする高級車まで……一般道を平然と走っていたんだ。今じゃ、安全地帯でも車を運転できるのは認可された車両じゃないとガソリンを供与できないし、一般人の多くは公共バスや鉄道による移動ができない。普通車に乗れるのは命知らずの回収屋か、大金持ち程度さ……それに……」

「それに?」

「俺の家族はあの大融合事変で死んだ。乗っていた高速バスがドラゴンに襲われて殺されたんだ……家族以外にも車がそのまま棺桶となったんだ。だから、こうして運転していれば家族の仇も取れるんじゃないかって……」

「アリアケちゃん……」

「すまねぇ。どうも辛気臭い話になっちまうんだ……気にしないでくれ」


当たり前だった日常が失う……。

何もかもが変わってしまった。

俺の人生も、世界も……。

運転しているしばらくの間、俺とラウムは無言になる。

ただ、カーラジオから流れる音楽だけが車内をにぎやかにさせてくれた。

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