006:ダブル
(まさかラウムを助手にすることになるとはな……)
サクマの要望に沿う形で、ラウムを「手伝い」として雇うことになった。
色々とお色気な噂の絶えない魔女だが、魔術や魔法に長けているのも事実。
ラウムの作るポーションに関しては高品質なものを作ってくれる。
戦闘能力に関しては不明だが、サクマが『一人でポーションの材料を探しに外に出かけても必ず戻ってくる』ぐらいには単独での能力を評価している。
野生動物だけでなく、モンスターが跋扈するようになった世界において、外の世界でも一人で出歩く事はかなり危険な行為だ。
故に、無事にポーションの材料を持って帰るラウムの能力は卓越しているともいえる。
熊野平村に立ち寄る際にラウムに対してポーションを買う関係であれど、こうして共に行動をするというのは初めての事だ。
サクマがラウムを呼び出してくると、ラウムがやってきた。
「アリアケちゃん!おまたせ!」
レザーリュックを背負い、準備万端の様子であった。
相変わらず胸を強調した服を身に纏っているので、目のやり場に困るけどね。
防御面で大丈夫なのだろうか……。
……本人が選んだ服装だ。
あまり服装に突っ込むのは野暮なので黙っておく事にした。
「アリアケちゃん!改めて……私を雇ってくれてありがとう!」
「まぁ、サクマ村長からの依頼だからね……断ることはできんよ」
「それに、ラウムに関しては既に免責条項にサインをしている。何かあったとしてもアリアケの責任にはならんよ」
「サクマ村長、なにもそこまでしなくても……」
「いや、何かあった時の為に責められないように……な。こう言う時の契約は大事だ」
「それはそうだが……ラウムもいいのか?」
「いいのよ。私に何かあった時にアリアケちゃんに迷惑かけちゃうことだけは避けたいし……だから契約したのよ」
ラウムは笑顔で言葉を返す。
あどけない微笑みだが、俺に迷惑を掛けない一心でやったのだろう。
そう思うと少しばかり申し訳ない。
本来ならサクマが行きたいと思っていただろう。
本人の馬鹿力は自他共に認めているぐらいにパワーがある。
実際に村長という役職でなければ俺が行くと言った程だ。
「本来なら俺が行くべきなんだがな……村を守らなきゃならん。もし、また襲撃が起こった際に柵を突破されたら守れる人がいない状況になっちまう」
「グールの数も多かったわね……」
「ああ、100体近い襲撃なんて滅多に起こらないはずだが、もしまた同様の事があれば俺が対応しないと村が滅ぼされてしまう。安全地帯とは違って、こっちは基本的に自治領扱いだからな……自分達の脅威は自分達で排除しなければならない……村の長というのは、そういう定めでもある」
熊野平村の村長として、ここの持ち場から離れられない葛藤もあるのだろう。
そんなサクマをラウムが慰める。
「大丈夫よ村長!必ず魔石を多く持って帰ってくるわ!」
「ああ、ラウムには迷惑をかけるがよろしく頼む」
ラウムも魔石を多く持って帰れるためにも、魔女としての能力を使うと意気込んでいる。
魔女ゆえに、魔法を使った防御魔法などを展開することが得意のようで、グールの襲撃時には柵が崩れそうになっていた場所を補強魔法で治し、後方支援ではあるがグールたちが入れないように足止めを行っていたらしい。
彼女の能力は今の俺にとっても必要不可欠だろう。
サクマは思い出したかのように「そうだった!」と言って俺に円形状の物体を渡された。
「それから、これも俺からの餞別だ。お前さんが持っていると役に立つだろう」
「これは……魔石探知機か?!それも最新式のやつか……」
これは魔石が近くにあると反応する代物。
ダンジョン化した都市には魔石を産み出す元となる大樹が出現し、この大樹の周囲には必ず水源や草木などが生い茂っている。
これをモンスターが栄養の一種として体内に取り込むことで、モンスターの体内で魔石となって作りだされる仕組みとなっているというわけだ。
その原理を魔法世界側で研究し、開発されたのがこの魔石探知機だ。
モンスターが魔石を有している場合が多いため、周囲のモンスターなどを探知するレーダーのような役割をしてくれる代物だ。
ゲームとかに登場するマップ上にアイテムが表示される機能に似ており、近くにいくと光で反応してくれる。この魔石探知機は安全地帯において高値で取引されている魔法世界側の道具だ。
なにせ中古品でも100万円以上する代物だ。
サクマが渡してきたモデルのは刻印に今年の西暦と日付が書かれている最新のモデルだ。
メーカーもマジックタウンに存在する魔法技術製品を作っている工房の名前が刻印されている。
見る限りでは新しいモデルのようだ。
「こいつがあれば魔石も多く見つかるだろう。モンスターからも魔石は採れるが、ダンジョン化した都市部では原石で出現しているやはり必要なのは……」
「モンスターと出くわした時に何処にいるのか把握できるって事だな?」
「その通り、それにこいつは強力なモンスターが出現した際に、強く反応してくれるんだ」
「従来の探知機に新システムを搭載したモデルというわけか……でもこれ、かなり高かっただろう?俺が安全地帯で見た時は一つ800万円だったぞ?」
「色々とあってな……先月売りに来た商売人から買ったんだよ」
「……偽物じゃないだろうね?」
「ラウムに協力して試したが、反応は確かだ。……詳しくは話すことはできないが気にするな」
「分かったよ。これ以上は詮索しないよ」
「あと、他にも必要なものは揃えてきた。せっかくだから車まで持っていこう」
「助かるよ。後部座席にはまだ空きがあるからラウムの荷物なども入れるはずだ」
見るからに重そうな荷物を軽々と肩まで持ち上げるサクマ。
やはりオーガは力持ちだ。
オリンピック選手ですら並のオーガとのスポーツ対戦では苦戦を強いられる程であり、相撲に至っては横綱ですらあっさりと負けてしまうようなパワーを持っている。
故に、魔法世界側の種族の中でも用心棒や軍人として採用されることが多く、今では自衛隊や米軍の補充員の2割近くがオーガが占めていると聞くと納得してしまう。
熊野平駐車場に向かう道中でラウムが俺とくっついてきた。
突然の行動に慌ててビックリするも、本人がノリノリでくっついてくるので正直困る。
大人としての魅力がある上に色気がたっぷりと盛り込んだ女性。
例えるなら、空腹時に甘いパンケーキを目の前に出されているような気分だ。
下手に食らいつけばこちらがヤケドするだろう。
「なぁラウム……なんでそんなにくっつくんだ?」
「有明ちゃんと一緒に行けるなんて感激しちゃう!」
「言っておくけど、デートじゃないからね?」
「勿論よ!魔石を集める事……サクマ村長から頼まれているのは肝に銘じているわ」
「それならいい」
三角帽子を被り、魔女らしい格好をしているラウムをよそに駐車場にたどり着いた。
車の後部座席側のドアを開けて、荷物を詰め込んでいく。
2泊3日程度の物資だけだったが、魔石を多く必要とする場合は長期間滞在する必要が出てくる。
故に、サクマが持ってきてくれた物資などを含めると一週間以上は行動できそうだ。
荷物を後部座席に詰め込んでから、ラウムを助手席に乗せてサクマと別れの挨拶を交わす。
「それじゃあ、魔石の件は頼んだぞ」
「なるべく回収できるようにしておくよ。色々と支援をしてくれて助かる」
「いいってことよ。グール・キャプテンを倒したお礼だ。ラウムをよろしく頼んだぞ」
エンジンを始動して、駐車場からゆっくりと車を動かす。
手を振るサクマと、クロスボウで警備を担っている者達。
バックミラーに映る彼らの姿が消えてゆき、俺は目の前の道を進むのであった……。