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003:熊野平村

碓氷峠を走り抜ける。

片側一車線……所々アスファルト舗装が剥がれてデコボコした道になっている。

これも大融合事変後に道路の整備などがされなくなった結果だろう。

長野県と群馬県の境目に位置しているこの峠。

今では俺のような魔石回収屋が使用する程度しか使われていない。

所々、事故を起こした複数の車両が放置されたままだ。

放置車両も使える部品などがもぎ取られて、今ではガワだけしか残っていない。


ハンドルを握って峠道を運転する。

ラジオの電波も受信できるが、今流れているのは信越州の公共放送だ。

天気予報情報とニュース番組、それから昭和・平成時代のヒットソングなどを流している。


『本日の信越州全域の天気は晴れ、ただ中信地域では小谷村周辺に出現したスライムに対応するため魔法による浄化人工雨を午前9時から正午まで実施致します。外出する際には雨具の着用を忘れずに行ってください。今日もお仕事頑張ってください。それでは一曲、シティ・ポップブームの火付け役となった昭和の名曲をお楽しみください』


シティ・ポップか……。

カドMやオメガDといった有名な歌手が歌っている80年代特有の明るいミュージックだ。

悪くないな。

朝6時から流れる曲としてはかなり明るい。

ノリも明るいからこういう時の運転は楽しい。

そう思い、ハンドルを握っていると目の前を鹿が飛び出してきた。


「危ないッ!!!」


急ブレーキを踏む。

ブレーキ音が響き渡り、鹿は何事もなかったかのように森の方に消えていく。

あまりにも突然の飛び出しに、無慈悲にも助手席に固定していた荷物の一部が落ちる。

よりにもよって厳重に入れてあったはずのポーションの入った容器が地面に落ちて蓋が外れてしまった。


「ああ……しくじったな」


ポーションが全て溢れ出てしまい、これではもう使い物にならない。

回復ポーションだけにこの喪失は大きい。


「くそ……容器が外れて中身全部出ちゃったな……あー、こりゃ面倒くさいぞ……」


助手席側の床マットは濡れてしまうし、あまり良くないな。

幸い仕事道具だけは無事だったのは不幸中の幸いだ。

ただ、予備のポーションをどこかで置いてきてしまったらしい。

……ドジではあるが、もう一度軽井沢まで戻って取りに行くのも癪だし……何と言ってもトラブルになってもいないのに引き返して来たら魔石回収屋としての名に傷がつく。

ここは意地でも戻ることはできない。


「ここの途中でキャンプ地となっている旧熊野平駅付近ぐらいしか人がいないから……それも魔法世界側の住民がな……ポーションの数が少し不安だ……熊野平村に立ち寄って補充だけしておくか……」


熊野平村……。

そこは元々旧熊野平駅と呼ばれていた場所だ……。

北陸新幹線の開通と同時に廃止が決まり、文化遺産施設として遺されていた変電所跡地。

元々王国派の魔法世界住民が跡地を開拓。

今ではどこからともなくやってきた帝国派や連邦派の身寄りのない人が集まって、魔法世界住民の村となっている。

そこでは軽井沢をはじめとした安全地帯では入手できない物品も取り扱っている。

無論、その全てが合法かどうかといえば疑問だ。


なにせ、少量の粉を吸い込んだだけで一瞬で落ち着かせることのできる「抗精神病薬」と類似した成分が含まれている薬が流通していたり、元々魔法の世界で生きてきた住民だけに、即効性の高い回復ポーションやスタミナ剤などの魔法を応用した薬の調合を作れる人々が多い。

科学文明に頼っていた俺たちにとって、彼らの作るポーションや薬の多くが『即効性かつ人体に効力のある物』を作ることに長けているのだ。


これは科学的な知見や複数回実験を行って安全性を担保してから販売するというよりも、死人が出るような実験をしても役立てるものが出来上がれば、それをすぐに売りだす……という倫理観で過ごしてきた住民が多いのだ。

よく言えば役立つものは直ぐに出せる……悪い言い方では安全性は二の次という考え方だ。

こうした魔法世界側のやり方であり、これが原因でトラブルに発展することもある。

俺も過去に1度だけ魔法世界のやり方の売掛を巡ってトラブルに巻き込まれたが、その際には周囲の人達が間に入ったお陰で大きな騒ぎになることはなかった。


「さて、必要な物だけ買うぞ。他の寄り道はナシだ……」


熊野平村に必要なポーションだけを買う。

そう自分に言い聞かせて熊野平駐車場に駐車して向かうことになる。

駐車場には俺と同じ魔石回収屋であったり、下流にある人工ダムの管理者などが使っている車両が駐車している。中にはガチガチに武装したキャンピングカーや、物流会社の払下げのトラックなどもある。

如何せん、安全地帯の外ではあるが警備をしている複数の人間がいるが、あくまでも見張りだ。

大型のクロスボウや、帯剣をしている辺り魔法世界側の住民が警備をしている。

駐車場に入ろうとすると、クロスボウを構えた少女に呼び止められた。


少女……といってもただの少女じゃない。

少女はオーガ、魔法世界の人型種族だ。

角が生えていて、筋肉質なガタイをしている。

用心棒として安全地帯でも活躍している種族。

再編成された自衛隊と米軍の混成軍や傭兵なども、この種族は筋力と持久力を買われて戦闘特化した種族として重宝されている。

そんなオーガの少女はクロスボウの引き金に指を掛けている。

危ないな……どうも警戒しているようだ。


「ちょっと待って、熊野平村に何か用かしら?」

「ああ、ポーションが足りなくてね。ここで補充をしたいんだ」

「ポーション……軽井沢を出る時に持ってくるもんじゃないかしら?」

「ごもっともだが、さっき鹿を避けようとしてポーションを駄目にしてしまったんだ。ほら、助手席の床を見てくれ、びしょびしょになっているだろう?」


助手席側に指をさすと、少女は納得した様子でクロスボウの引き金から指を引いてくれた。


「入ってもいいわ。ただ……駐車料金は取らせてもらうからね」

「分かっているよ。ほら、これで足りるか?」

「500円……玉?」

「大融合事変前のやつだ、都市部では1時間でそのくらいの値段で駐車していたんだよ」

「……いいわ。車見張っておくから」

「有り難い。助かるよ」


エンジンを切ってから車から降りる。

少女が見張ってくれているので有り難い。

他にも数名当直と思われる魔法世界の住民がいるが、全員がクロスボウで武装している。

矢も装填しており、何時でも撃てる状態だ。

俺の方を見ているが、顔見知りの奴もいるのでそこまで険悪な空気ではない。

険悪だったらそもそもキャンプ地に入れてもらえないからね。

ただ、空気がピリピリしているのは感じ取れる。


駐車場から階段を登り、旧熊野平駅のあるキャンプ地にたどり着く。

階段を登ると周囲を取り囲むように3メートル程の柵が所狭しと設置されている。

門の見張り台にはM1カービン銃を構えているラグビーのヘルメットを着用した男がおり、男が俺に問いかけた。


「止まれ、熊野平村に何の用だ?」

「回復ポーションを買いに来た」

「ポーションを……?お前、何度か来たことのある顔だな……名前は?」

「有明常だ」

「有明……ああ、リストにも載っているな、たまに村に来る魔石回収屋だな?」

「そうだ。……何かあったのか?」

「ちょいと2時間前にモンスターの襲撃があってな……撃退したが、それでみんな警戒しているのさ」

「襲撃……通りで駐車場の女の子が警戒をしていたという事か」

「そうだ、他のみんなピリピリしているんだ。気が立っている奴もいる、それだけ気を付けてくれ」

「忠告ありがとう。それで、入っても問題ないか?」

「問題ない。今ならポーション屋もやっている時間帯だ。門を開けてやるよ」

「助かる」


門が開くと、魔法世界の住民が切り開いた熊野平村の中に足を踏み入れる。

現代的な建築物ではなく、木材と廃材で組み合わせたような建物が廃線のレールに沿って所狭しと並んでいる。

これらの小屋は無数に入り組んでおり、旧熊野平駅を象徴する変電所跡地には村長が住んでいる。

一見スラム街のようにも見えるが、ここはれっきとした村であり、政府から行政登録もされている場所だ。旧関東圏の中にある一つも魔法世界の村として認知されているのだ。

俺はポーション屋を目指すが……。


「へい兄ちゃん、ブレスレットはいらんかね?」

「魔法の加護が付いている指輪はどうだい?」

「良かったらこれを試しに食べていかない?」

「ああ、大丈夫だ。今はいい」


途中で押し売りの商人たちが寄ってくるが、丁重に断りをいれておく。

ポーション屋は小屋ではなく変電所の設備跡地の一室に設けられている。

既に外見には木材などが組み込まれているが、窓ガラスなどから辛うじて面影が残っている程度。

間違いなく大融合事変前なら違法建築物扱いで逮捕されるだろう。

そのポーション屋を経営しているのは、容姿端麗の魔女ラウム。


如何にも魔女という恰好をしている。

先端がくねくね曲がっている帽子を被り、黒くて大きく胸元が開いている服でポーション作りに勤しんでいる。

童貞の男子なら一発でゾッコンしそうな見た目をしているが、既に何人もの男と寝ている噂で有名だ。

一度寝たら最後、ミイラのように吸い取られてしまうという。

まぁそんなことはどうでもいい。

店に入ると、ラウムは俺を見るなりすぐに挨拶をしてきた。


「あらあら……アリアケちゃんじゃない。珍しいわね……こんな朝早くに」

「車の前を鹿が横切ってね……それで急ブレーキを踏んだら回復ポーションがダメになったんだよ」

「まぁ、それは気の毒に……ここで回復ポーションを買おうって事かしら?」

「ああ、せっかくだからまとめ買いをしたい」

「いいわよ。丁度在庫はあるからどのくらい欲しいのかしら?」

「……この金額で買えるポーションを全て」


財布から1万円札をとりだす。

大融合事変前の通貨は品質が良い。

新紙幣は造幣局が全てダンジョン化してしまった影響で生産が出来なくなった。

代わりに、日本政府は新紙幣に関して印刷所に残っていた商品券などを製造する機械を使って新紙幣が流通している。


額面は保障してくれるものの、決められた印刷所で決められた枚数のみが生産されている関係で新紙幣は使いにくいので、あまり評判は良くない。

大融合事変前の造幣局で作られた旧紙幣は質が保証されているので、新紙幣でのやり取りよりも重宝されている。

一万円札をラウムに渡すと、彼女は「ちょっと待ってね」といって店の奥に消えていく。


(さてさて、どのくらいの量になるかな……)


カウンターで待っているとラウムがポーションの入った容器を持ってきてくれた。

茶色い瓶に入っており、かなり厳重に包み紙まで用意してくれた。

合計で3つ……効力は織り込み済みだ。

少なくとも偽薬や質の悪いポーションを売ることはない。

信頼できる魔女だけにラウムのポーションを受け取った。


「はいどうぞ。これで当面は問題ないと思うわ」

「ありがとう。助かるよ」

「ふふふ、また何時でも来てね」

「ああ、その時は……」


よろしく頼むよと言おうとした時だった。

突然大きな笛の音が鳴り響いた。

その音は警告音であり、襲撃を受けている合図でもあった。

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