002:軽井沢
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信越州(旧長野県地域) 軽井沢町
喫茶店の外に留めているオフロード四輪駆動車に乗り込む。
名称はJIM-1500FC……。
家族が俺に遺してくれた車だ。
軽自動車と普通自動車モデルがあり、俺の乗り込んだ車両は普通自動車モデルだ。
小回りが利く上に、田舎や山間部では良く走っていた車両だ。
庶民の足として全国各地で長く使われてきた。
だが、それも大融合事変が起きる前の話……。
大融合事変後に静岡県の生産工場がダンジョン化した影響で部品供給がストップ。
ガソリン価格が高騰し、公務員や魔石回収屋など一部の職種以外に供給をすることができない状態となったことで、一般向けのガソリン価格は高騰。
配給制になったことで、農作業用や軍用車両を除いて多くの車が使えない状態となる。
おまけに中古車でも値崩れがあまりしない事も相まって、事故を起こして不動状態となった廃車などから部品を調達し、継ぎ接ぎ溶接などをして動かしている。
この車も一度モンスターの攻撃で車両側面が損傷を受け、フレーム部分を直している。
元のカラーリングは白色だったが、今では黒色の塗装を全体に施し、フロント部分にはガラス片が飛び散らないように保護フィルムを貼り付けた上で、ドア部分には鉄板を後付け溶接をしてバンパー部分には衝突防止用のグリルガードが備え付けられている。
さらにタイヤもオフロードタイヤを装着し、サスペンションも車高調を変えて高くしている。
それでいて、モンスターなどからの襲撃に備えるためにドアも鉄板を重ねて防弾代わりに割増している。
なので見た目は完全に世紀末映画に出てくるようなガチガチの武装車両だ。
世紀末仕様のV8エンジンにこそ換装していないが、装甲化した車両に後付けターボ化キットを取り付けていることもあって、馬力はノーマル状態から1.4倍近くパワーもアップしている。
なので車検費用も嵩んでしまう。
すでに市街地を快適に走る車ではない。
悪路を走破する車に変貌している。
ダンジョン化した場所を走る上でで欠かせない足だ。
モンスターから逃げ切る際にも使われる。
スポーツカーもいいが、車高が低いと車体下部が損傷して走りに影響が出てしまう。
快適さを犠牲にして、生存性に割り振った性能に特化させている。
「さてと……エンジンの調子は大丈夫そうだな……」
エンジンを始動させてからゆっくりと動きだす。
調子は良好だ。
傍から見れば、変わりない街並み。
出歩いている人の多くが労働者であり、人間種以外の魔法世界の住民も混じっている点を除けば大融合事変前と変わりない賑わいを見せている観光地、それが軽井沢。
夏は避暑地目的で、冬はスキー目的で訪れる観光客でにぎわっていた。
国内のみならず、外国人観光客も大勢来ていた。
俺も高校生時代に軽井沢でバイトをしたが、時給が良かったのは覚えている。
さっき飲んでいた喫茶店もバイト帰りに立ち寄っていた店だ。
マスターとは顔馴染み。
だが、そこまで深い関係ではない。
今の軽井沢は関東圏からの生存者を受け入れた大勢の避難民が暮らしている。
空き家やテナントが開いていた店舗などは全て居住区兼店舗として埋まっている。
避難民の大半は一般人が多く、真っ先に逃げてきた人達が住み始めたのもこの町だ。
そして、軽井沢と隣接する佐久市の境界線上に出現した王国派の魔法世界街。
『マジックタウン』が出現されたことで、この街は元の軽井沢よりも多種多様になった。
国道18号線を走れば魔法世界側の住民たちの明るい表情が目に映る。
「ここも魔法世界が入り混じった街になったもんだナァ……」
夜勤明けで屋台で一杯引っ掛けていくリザードマンの労働者。
つるはしを抱えて商店に入るドワーフ。
それから箒を使って空を飛ぶ魔法使い。
ここだけ見ればファンタジーが入り混じったような世界だ。
大融合事変の後に、信越州内で鉱山や鉱床が出現した地域での就労を斡旋し、一部では魔法世界の住民が協力して農耕地の拡大に尽力している。
魔石の採掘事業としての魔石回収屋は、儲かるが危険。
鉱山や鉱床での掘削作業も同様に露天掘りでやっているので危険と隣り合わせだが、働いている労働者の多くの給料は良い。
賑やかで、明るい空気だ。
ただ、高級別荘地は別だ。
あの辺りには数十億円単位で資産を持っていた人達が多い。
また政治家や皇族関係者も避難してきており、大融合事変前の生活を国がある程度保障しているのだ。
新華族制度とも言われているが、実際に国に貢献した人が住んでいるエリアの一つ。
元々の高級別荘地エリアは富裕層の保護区画に区分されている。
旧軽井沢銀座商店街の北側周辺と、南軽井沢の別荘地帯がその保護区画内にある。
保護区画では銃火器や魔法の杖で完全武装した傭兵たちが見張っている。
これらの傭兵は腕っぷしも強い。
元在日米軍傘下の軍人たちが立ち上げた民間警備会社だが、事実上警備を州政府によって移管されており、彼らの許可なしに立ち入ると問答無用で銃撃されることが黙認されるほどに警備は厳重だ。
上品で、安全が約束された地域……。
それが保護区画だ。
「さてと……そろそろ検問所だ。身分証と通行許可書を出さないと……」
検問所には複数の警備兵が立っていた。
碓氷峠検問所。
国道18号線に沿って旧群馬県に入るルートだ。
碓氷バイパスや上信越自動車道もあるが、そのルートは封鎖状態となっている。
大融合事変の後……。
大勢の避難民が押し寄せた関係で、バイパスや高速道路の多くで玉突き事故やトラックなどの横転事故が多発し、道が完全に塞がってしまったのだ。
今でも放置された車両や事故によって発火して焼け焦げたトラックやバスが放置状態となっており、多くの車両で塞がっているために、通り抜けることができないのだ。
唯一、国道18号線を通過するルートでは、路面状況は悪いが通行可能である。
このルートで避難をしてくる人が少なかったこともあり、放置車両なども少ない。
そのため、魔石狩りのために出向く際にはこのルートを通行する必要があるというわけだ。
最寄りのモンスター狩りの場所は旧群馬県高崎市。
高崎市に出来上がったダンジョンから、生活必需品として欠かせない魔石を産み出すモンスターが出現している。
そのモンスターを狩り、魔石を集めるのが俺のような魔石回収屋が担う仕事だ。
車が碓氷峠検問所に近づくと、警備兵は64式小銃を抱えながら近づいてきた。
「止まれ!身分証と通行許可書を出せ!」
峠の出入り口は分厚いコンクリート製の門で塞がれており、その近くには大融合事変以前は新幹線などが走っていた北陸新幹線の線路もあるが、こちらはトンネル付近が分厚いコンクリートで完全に塞がれてしまっている。
トンネル内にはいくつものコンクリート製の防御壁によって塞がれたと言われているけど、今でも巡回警備兵が立ち寄っているようだ。
警備兵に身分証と通行許可書、武器携帯書を渡す。
過去に何度か顔を合わせたことのある兵士だ。
顔に深い傷があり、大融合事変後の戦場を駆け巡ったようだ。
「……名前は?」
「有明常です」
「有明……名前一致、通行許可書や武器携帯書も本物だ……確か隔週で魔石狩りをしている奴だな?」
「そうです。俺の事覚えていてくれたんですね」
「勿論だ、そのJIMカスタムカーはいい趣味だからな、こんな朝早くから魔石狩りか?」
「ええ、そうですよ。じゃないと日が登っているうちに高崎市に到着して魔石収集できないので……」
「そうか、最近は高崎市のダンジョンもだいぶ活発化しているようだ。くれぐれも気を付けていけよ……」
「ありがとうございます」
「魔石回収屋が道を通るぞ!門を開けろ!」
分厚いコンクリートの門が開く。
これから俺は安全地帯を抜けて、危険なモンスターが跋扈する外の世界へと踏み入れる。
ゆっくりと車を動かして峠道を走りだした。