013:交戦
パスン、パスン……。
銃を連射している音だ。
そこまで反響したような音じゃない。
音が抑えられている……消音器を使ったのか?
狙撃手のスコープの反射が見えたからこそ、ギリギリかわすことができた。
もしあのまま直進していたら、弾丸が俺の脳天を貫いていたところだろう。
……裏道を伝って空き家の影に隠れたが、このまま方向転換をして戻ったとしても追手が来るだろう。
狙撃に失敗した時点で、真田隊がやられたことを外部に漏らそうとする動きは徹底的に封じ込めようとしてくるに違いないからだ。
真田隊のLAND-80が信号機に突っ込んであのままになっているという事は、少なくとも車の装甲板を貫徹する銃弾ないし魔法を使用してきているのは明白だ。
しかし、魔法による攻撃は連射攻撃しにくい。
銃火器は一定の威力を出せるが、魔法は詠唱などに時間が掛かる分、効力や威力が高い。
アレに魔法攻撃のバフが掛けられていたら厄介だっただろう。
(マズいな……緊急事態だ……ギンを起こそうか)
眠っているギンを起こすのは申し訳ないが、万が一流れ弾に当たって負傷してしまったらマズいので彼女を起こそうとした。
「ギン!起き……」
「うん……起きているよ……さっきの銃声で目が覚めた」
「……そうか……」
「何があったの?」
「……襲撃だ」
「しゅう……げき……」
ギンは起きていた。
怯えた様子でプルプルと震えている。
いきなり銃声が聞こえたのであれば、やはり怖かったのだろう。
耳がいい種族だけに、そういった音には敏感のようだ。
おまけにゴブリンたちから助け出された矢先に襲撃されたとなれば、怖がるのも無理はない。
このまま強引に車で突破する方法もあるが、状況が分からない中で闇雲に突っ走るのは危険だ。
この空き家から車を出した直後に狙撃される……なんて事があり得る。
俺は空き家に一旦退避する事を決めた。
「車をここに置いて一旦この空き家に退避するぞ。包囲から挟み撃ちにされた場合、車だと身動きがとりずらい」
「でも、空き家で大丈夫かしら……?」
「大丈夫だ。この空き家は鉄筋コンクリート造りだ。木造住宅よりは耐久性が高い上に、柱の影に隠れていれば銃弾程度なら弾いてくれるさ」
見た限り、空き家は大融合事変前に建てられた鉄筋コンクリート造りの家だ。
念願のマイホームを建てたばっかりに大融合事変が起こったのか、外見はそこまで年数が経過したような見た目ではない。
外に置かれていた車も、ドイツ製の高級車だったことから富裕層が持っていたのだろう。
コンクリート造りの家はカビやすいとか通気性が悪いなどのデメリットはあるが、耐震性や耐火性に優れている上に、コンクリートであれば防弾性も期待できるのだ。
車を空き家の出入口に横付して運転席からゆっくりと家の状況を確認する。
空き家は幸いにも鍵が掛かっていなかった。
「よしっ、空いている……今のうちだ。空き家に入るよ。ラウム、ギンを連れて家の中に入ってくれ。殿は俺が務める」
「分かったわ。ギンちゃん、ドアを開けるからすぐに入るわよ」
「うん」
「……よし、大丈夫だ。いけいけいけ!」
ジェスチャーをして空き家に迎え入れる。
周囲に敵の追手はまだ来ていない。
銃を取り出して周囲を警戒する。
ラウムとギンが家に入ったことを確認してから俺も家の中に入り込んだ。
派手にドアノブが壊された形跡は無かったが、物資などを調達するために家の中を物色した形跡があった。それも土足で歩きまわっており、家の廊下は靴跡だらけであった。
(金持ちの家だけに荒らされているなぁ……着の身着のまま逃げ出したんだろうなぁ……カーテンも閉めっぱなしで、ソファーもタンスも荒されているな……)
まるで台風が過ぎ去ったかのような光景だ。
空き巣被害のドキュメンタリー番組を見たことがあるが、そのドキュメンタリー番組で見た光景のまんまの姿だ。日用品の類は全て持っていかれていた。
テレビに洗濯機などは電源コードごと盗まれており、持ち出せないような固定式の家具などが無残にも残されていた。
これが汚れていない状態であればそれなりの値段が付きそうだが、荒らされた状態では買い手もつかないだろう。
「しかし、殆どの物が持っていかれているなぁ……物品回収の連中もやり方が荒っぽいぜ」
「でも、どうしてこの家がお金持ちだって分かるの?」
「建物が比較的大きいのと、鉄筋コンクリート造りの家というのは木造住宅よりも倍以上の値段が掛かるんだ。それだけお金を掛けて作る事が出来るという事は、資金力がある証拠でもあるんだ。この辺りも外部物品回収業の連中があらかた探し回って取っていったんだろう。駐車場に置かれている車もドイツのMB600SLと呼ばれている高級車だ。恐らく弁護士か医者のどっちかが使っていたんだろうな」
「ドイツの車……そんなにスゴイの?」
「うーん、ブランドとして有名だからね。魔法世界でも知らない人がいないぐらいに見慣れた魔法陣とか、魔法の杖とか……そういった性能が良くて魔力を蓄えることに優れている有名なものとかあるだろ?それと同じだ。魔法世界で有名な高級杖といえば○○みたいな、この魔石探知機とか有名だろ?それと同じくらいにこっちの世界では名の知れたブランドなんだよ」
「ああーっ!なる程!それでスゴイってわけね!」
ラウムは納得した様子に相槌をうってくれた。
魔法世界にも有名なブランド品は複数あり、今身につけている魔石探知機であったり、安全地帯内にある王党派の地域にはブランド品の杖などが出展されることがある。
魔法世界における木材加工などはこちらの世界の木工職人を唸らせる技術を有しているため、魔法の杖に関しても選定された木を使って選ばないと効力を発揮しないそうだ。
有名どころだと、戸隠高原周辺に生えている大きな杉の木などが高級杖の材料にピッタリと言われている。魔法世界で生えていた高級木材の代用木として使われているだけに、今では林業も活性化したのは有名な話だが、科学文明に慣れ親しんだ人間がそうそう簡単に魔法を使えるわけじゃない。
魔法世界において適性検査なるものを受けてから出ないと使用できない決まりがあるんだ。
この適性検査は科学文明世界における運転免許証みたいなものであり、この適性検査で一定の成果が出ないと魔法を取り扱うことが出来ないという決まりがあるのだ。
無論、ラウムはこの適性検査において満点を叩きだした才女でもあり、基本的にどんな杖でも適性と判断されるらしい。
「家の中に危険がないかチェックしておくわね」
「おっ、危険診断をやることができるのか?」
「勿論、すぐに診断が済むわ」
魔法があるお陰か、危険な箇所は魔法を使って診断することができる。
チェック魔法の一種であり、脅威が向けられている時にどの場所が危険かを診断するチェッカーの魔法を唱えるためにラウムが杖を一振りすると、危険な箇所を示す場所として目の前のドアが赤く染まり始めた。
この先は遮蔽物がないのかもしれない。
「……その扉から向こう側は相手から見えるかもしれん。開けないほうがいい」
「さっき銃を撃ってきた相手はかなり離れていそうだったけど……狙えるのかしら?」
「多分な……さっきチラッと見た限りでは西日が見える位置にあったはずだ。間に植えられている木が射線を塞いでいるかもしれないが、万が一という事も考えられる。今見える範囲の場所からは出ないように……仮に行くとしても慎重にいくぞ」
目の前のドアを避けて、危険度が低い部屋に移動する俺たち。
まだ奴らの追手は来ていない。
今のうちにギンを守るために、車から持ってきた予備の防弾ベストを着用させてから、防御魔法をラウムに掛けてもらいバフを付与してもらう。
これでギンを必要最小限守れるようになったはずだ。
ただ、このまま立てこもり……籠城を続けていても相手側が攻勢を仕掛けてくればそれが使えない事態になってしまうだろう。
西日が当たっている関係で、あと一時間もすれば夜になる。
それまでに脅威を排除しなければならない。
俺は回収屋であって、傭兵ではない。
だけど、この状況下では脅威となる人間を排除しなければならない。
ここは安全地帯外……日本国憲法が通じない場所だ。
……であれば、殺人行為に関しても法の管轄外だ。
狙ってやるしかない。
ラウムの魔法を頼らせてもらい、脅威を排除することを決めた。
「狙撃手が狙っている場合は空き家の窓を狙うはずだ。ラウム、幻影魔法は使えるか?」
「勿論。だけど幻影魔法は魔力の消費が激しいわ……それに連続で使うことは出来ないわよ」
「一回どれだけの時間幻影魔法を見せることができるんだ?」
「6体を3分近く……だけど一度使うと30分は魔法が使えなくなるわよ」
「いや、それだけあれば十分だ」
「……アリアケちゃん、幻影魔法を使えばいいのね?」
「そうだ。180秒以内にこちらを狙ってくる敵を排除しよう。ギンはラウムと一緒にいてくれ。お前の耳と鼻が近接時には頼りになる」
「う、うん……わかった……」
「よしっ、それじゃあ始めるぞ……ラウム、幻影魔法を出してくれ」
「分かったわ。その代わりに魔法が使えない間はアリアケちゃんに任せるわよ」
「了解」
俺は27式小銃に倍率スコープを取り付けて安全装置を解除する。
ゴブリンではなく人間に銃弾を撃ち込むことになるとは想定外ではあるが、やるしかないだろう。
無警告で発砲してくる連中であれば、それなりに覚悟が決まっているんだろう。
であれば、こちらも応戦しなければ無作法というやつだ。
「今よ!」
ラウムが幻影魔法を解き放つ。
それを合図に銃撃戦が始まった。