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012:礼儀

「ぐーっ……ぐーっ……」


後部座席に座っているギンが爆睡している。

余程疲れていたのだろう。

安心したのかいびきをかいて眠っているのだ。

ゴブリンたちに囲まれて、女性たちが乱暴を受けるような劣悪な環境でいた状況であれば、精神的にも疲弊してしまうのは当たり前のことだ。

緊張の糸がほどけたのか、爆睡レベルで眠っている。

ずっと気を張っていた反動がやってきたに違いない。

今はそっと寝かせておいてあげよう。


「ギンの様子は……眠っているな」

「ええ、だいぶ気を張って過ごしていたみたい……」

「あの環境でずっといたんだから無理もないさ。安心して眠りたいからね」

「毛布、かけておくわ」

「助かる。腹出したままだと風邪をひくからな」


ラウムがギンに毛布を掛けてくれる。

あれだけ気を張り詰めた空間に留まっていたら、誰だってその緊張がほどけた瞬間に眠ってしまうだろう。

ラジオの音量を下げて高崎市に向けて走っているが、それとは別に一つ気掛かりな事がある。

先ほどギンは羽生市の帝国派が支配していたである羽生市の駅からやってきたと語っていたが、そこを連邦派が攻撃を仕掛けてきたとなれば主に魔法による攻撃を受けたはずだ。

間違っても科学文明の武器である銃を使う輩ではない。

銃の事を『魔法が使えない者達の道具』として認識している。


なにせ連邦派は魔法至上主義を唱える連中で構成されており、そのくせ議会政治を採択していることもあってか民意によって魔法が使えない人間を『ゴミ』と称することが許される社会構成でもあるのだ。

下手な独裁国家よりもタチが悪い。

魔法びいきを通り越して、魔法が使えて当たり前の価値観であることも相まって、日本に出現した連邦派のコミュニティは口をそろえて『なぜ日本人を含めたこの世界の人間は魔法を使えないのか?それは生まれつき劣等だからだ』とネット世界が健在なら数分で内容が拡散されて大炎上するような差別丸出しの回答を平気でしてくる上に、それが差別とは思っていないのだ。


そうしたこともあってか、連邦派が出現した世界各地で対立構造を深めて戦争を起こした地域もある。

中南米では政府機能が崩壊した結果、勢力を拡大したマフィアに付くか、魔法の加護を受けて連邦派の奴隷として働くか選ばされる地域もあるぐらいだ。

究極の二者択一を迫られているのに比べたら、まだ日本は政府が残っているだけマシと言える。

ただ、連邦派にいる全ての人間がそういった考え方に染まっているわけじゃない。

俺の隣にいる奴が一番良く知っているからだ。


「ハニュ……か……」

「ギンちゃんの故郷……?」

「ああ、故郷が無事ならギンを返してやりたいところだが、連邦に村を襲撃されている状態じゃ……今帰還したとしても連邦の根城になっているだろうからね……ギンの身の安全を考えたらマズいからな」

「……故郷を失ってから初めて気が付くのよ。自分がどれだけ恵まれていたかって……私、連邦出身だから分かるのよ……頑張っていても不可抗力でどうしようもなくなる事があるから」

「……」


ラウムが連邦出身者なのは知っている。

だが、彼女は亜人種だ。

ハーフエルフ。

人間種とエルフの混血人種の事を差す。


彼女の父親は人間だが資産家であり、母親が召使いのエルフだったはず。

連邦においてもそれ相応の地位にいたはずだが、大融合事変後に故郷を離れて熊野平村にたどり着いた話は聞いた事がある。

でも、その事についてラウムとはそこまで深い話まではしたことが無かった。

傷つけない程度に話を掘り下げてみることにする。


「……確かラウムは連邦の魔法学校を主席で卒業したんじゃなかったか?」

「ええ、成績は満点よ。卒論を含めてね……確かでも次席扱いされたわ」

「次席……なんでまた?」

「私がハーフエルフなのが気に食わなかったんでしょうね。大融合事変後は亜人種全体への差別も酷くなって、私の書いた論文が突然盗作扱いされて卒業生としての資格を剥奪されたわ」

「それは……酷いな……抗議したのか?」

「したけど無駄だったわ。おまけに父親からは勘当されて実家追い出されたのよ……”亜人種の娘なんて産ませるんじゃなかった”……未だに覚えているわよその台詞。耳に残っているわ」

「……!!」

「大学側も亜人種が成績上位だったのが許せなかったのよ。それに大融合事変の原因が亜人種のせいだって説も出ていたし、きっとその流言飛語に乗っかって亜人種の迫害をしたかったのが本音でしょうね」

「酷い話だな……」

「ええ、だから故郷を無くしたら身を寄せる場所を探すことに奔走するのは当たり前の話でもあるのよ。今は熊野平村で暮らしているし、何も不自由はしていないけどね」


王国も帝国も、エルフや獣人族などを含めた亜人種などを含めて構成されているが、連邦は違う。

魔法世界において魔法が生まれつき使える人間によって構成された国家なのだ。

おまけに亜人種などを毛嫌いしており、魔法が使える亜人種であっても余程のコネや才能などがないと人権すら与えられないのだ。『魔法は社会にとって重要であり、それは人間に授けられた天命である。この天命に逆らうことは国是に反することである』と大々的に宣言し、日本政府とは一定の距離を置いているのも、その人間兼魔法至上主義によって現地民と軋轢を生んでいるし、中南米地域の一件を踏まえても世界各地で残存国家や勢力との紛争になった経緯がある。


……日本は連邦側と交渉し、互いの主権を侵害しない事を条件に安全地帯外での行動に関してはノータッチを貫いている。

ただでさえ国内で王国派と帝国派の関係維持に必死のため、差別主義的な考え方を持っている連邦まで手を回す必要が薄いと考えているからだ。

そのため、連邦による帝国派への攻撃も察知していないのであろう。


(連邦派が同時多発的に戦闘を仕掛けたのであれば、大規模な攻勢を仕掛けて帝国派の連中を捕虜にするか奴隷にしたという事だろう。であれば、ギンが帝国でも保護されていた種族っていうのも引っかかるな。あっちの世界では獣人族はそれ相応の能力を有しているはずだし……能力目当てか?)


気掛かりだったのは、ギンが奴隷にされていた経緯だ。

……羽生駅に拠点を置いていた帝国の村であれば、それ相応の儲けが出ているはずだ。

嗅覚と聴覚が優れている種族が安全地帯外で魔石採掘やモンスター狩りを行っていたのであれば、それ相応に強力な拠点を布陣していたという事だ。

銃火器でも倒すのが難しいモンスターが跋扈する旧首都圏においても、旧埼玉県エリアは前線拠点として魔法世界側の中でも防衛網などがガッチリとした要塞が多く建設されている。

羽生駅もその例外ではなかったはずだ。


魔石回収組合が保有している市役所ですら自衛隊で退役して予備武器としてしまっていた70年前の対空砲を引っ張り出して屋上に取り付け、外壁は分厚いコンクリート壁で囲んで要塞化している程の陣地だ。

羽生駅も帝国の魔導士たちが築き上げた防衛陣地として機能しているはずなのだが、その防衛陣地を無力化して奴隷商人がギンたちの身柄を攫って奴隷にしたというのであれば、連邦派は相当の規模の軍隊で攻め入ったことになる。

だが……正規軍なのか分からんがな。

いずれにしても連邦ならやるだろう。あいつらは平気でそういうことをする。


ラウムも、そんな連邦というゴリゴリの偏見に塗れた国から逃げ出したかったのだろう。

荷物をまとめて故郷と呼べる場所を探して熊野平村に辿り着いたそうだ。

その成り行きを俺は否定するつもりはない。


「俺はラウムを信頼しているよ……詳しい話をしてくれてありがとうな……」

「こちらこそ……話を聞いてくれてありがとう、アリアケちゃん……優しいのね」

「いや、俺は優しくなんかないさ……ただ……」

「ただ……?」

「寂しい想いをした事は辛いって事が分かるからさ」


俺はラウムに礼を言った。

ラウムの家族は大融合事変後も無事だったが、家族の仲が引き裂かれてしまった。

俺は家族が物理的にドラゴンによって殺された。

どっちがマシかは分からない。

いずれにしても、俺たちは家族を喪失したのだ。

正解なんてありはしないかもしれない。

さて、どうなるかと考えながら道なりに車を走っていると、ヤバい代物が転がっていた。

俺は思わずブレーキを踏んだ。


「どうしたのアリアケちゃん?!」

「あれを見てくれ……」

「あれ……?あの車のこと?」

「ああ……真田隊の車だ」


真田隊の偵察用として使っていた車両が見つかった。

LAND-80……。

世界的にも有名な自動車会社が作った本格的なオフロード仕様車だ。

特徴的な車であり、真田隊の六文銭のマークが刻印されている。


車は道路の路側帯に設置されていた信号機に突っ込んでいた。

単なる事故かと思ったが違う。

車には無数の攻撃痕が残されており、まるで蜂の巣のような穴が開いていた。

車のガラスは防弾仕様のはずが全て割れており、ドアは開きっぱなしになっている。


間違いない、襲撃された痕だ。

真田隊を狙って誰かが攻撃を仕掛けた痕だ。

それも魔法じゃない。

道路には複数の金色の薬莢が転がっていた。

つまり、真田隊が銃で攻撃されたのだ。

それを確信した直後、前方の送電塔からチラリと鏡が反射したような光景が目に映る。


(まずい、このまま進んだら狙われるッ!)


俺は咄嗟にハンドルを切って、すぐに道路から離れて裏道の方に車を走らせた。

その直後、複数の発砲音が聞こえてきたのである。

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