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010:家畜

床には鎖で繋がれた女性たちが意識のない状態でぐったりと倒れていた。

ゴブリンたちによって()()されていたのだろう。

目の反応がなく、呼吸もしていない。

残念ながら息が絶えている。

それも、一人や二人だけでなく……数十人もの女性が倒れていたのだ。

ゴブリンたちが獲得した戦利品なのだろう。

戦利品で遊び終えた後の末路は……。


「……アリアケちゃん……これって……」

「……ゴブリンたちは欲を発散させるために攫っていたというわけだ。使い終えて死んだ人間の成れの果てが、あの調理場に転がっている……直視しないほうがいいぞ」

「嘘でしょ……まだドラゴンのほうが人道的だわ」

「そうだな……こりゃ、悪趣味を通り越して狂気の沙汰だな。」


あまり詳しくは書きたくはない。

凄惨たる現場なのは確かだ。

口元を手で覆っているが、それでもキツイ臭いが隙間から入ってきている。

隣にいるラウムですら口を覆って胃の中を抑えるのに必死だ。


「うぅっ……酷い臭いだわ……」

「消臭魔法を掛けることはできるか?この臭いは酷い。俺たちの身体に染みついたら厄介だ」

「……分かったわ。それから臭い消しが持続できるように調整しておくわ」

「頼む。俺は生存者がいないか調べるよ」

「消臭魔法はミントの香りがするけどいいかしら?」

「構わない。むしろミントの香りにして欲しい」


消臭魔法を掛けてもらい、臭いは無くなった。

ミントの香りになるだけでも目の前の惨状よりマシになるのは、見ている光景と嗅いでいる臭いが違うことで脳の認識がバグを起こす。

これによって現実にいるのに、それを見ていないように錯覚する効果がある。

スプラッター映画を見ながらポップコーンを食べても人間の血の臭いが画面から漂ってくることはない。

それと同じ原理だ。

自分自身を騙して認識をぐちゃぐちゃにする。

そうすることで、この惨状を少しでもメンタル面で軽減しているのだ。

自己防衛というやつでもある。


「君、大丈夫か?」

「……」

「脈も無ければ呼吸も止まっている……この女性も駄目だ」


さて、ゴブリンによって攫われた女性たちに声掛けをしたり脈を図ったりもしているが、いずれも芳しい反応はなかった。

ここのゴブリンたちは捕まえた女性たちに加減なく暴力を振るい、そして死に至らしめている。

どうやらキャラバン隊を襲って奪ってきたようだ。

なぜわかるのか?

……商品として売り出されていた女性が多いからだ。

何と言っても首元の鎖には値札が付けられている状態であり、値札をつけたままの状態なのはキャラバン隊の商品でもあるわけだ。


「これは王国派じゃない連中だな……首元に値札がご丁寧に書かれているよ」

「本当ね……それじゃあキャラバン隊を襲ったのかしら?」

「その可能性が一番高いね。ヤクザなら拠点のある場所に連れて行くけど、こう雑多で乱雑な場所に放置することはまずない」

「どうしてそう言いきれるの?」

「余程の裏切り行為とかしない限りは、原則として利用価値があるから売買するにしても女性に対して乱暴をすることを控えるんだ。商品としての価値があるものを傷づけるのは彼らでも御法度だ。もし自分で()()をする目的で手を付けていたと発覚したら組から制裁を食らうケースだってある。リスク回避のために借金返済で首の回らなくなった女性に従属魔法を掛けて愛人にしている……なんて話もあるが、原則ヤクザであれば人間を『商品』として扱う。ここまで乱暴に扱うのはゴブリンたちがストレス発散も兼ねて女性たちに暴力を振るっていた証さ」

「そうね、それは帝国や連邦でもそうだったはずよ。それに……この値札が付けられたままって……」

「何かの拍子で移動中の連中が襲撃を受けて奪われたんだろう。それで……その顛末がこれというわけだ。奴隷商人も生き延びていたら上の連中から叱責を食らうだろうし、何よりも彼女たちは逃げようにも逃げられない状態だったかもな。従属魔法が効いていれば逃走することもできない。正式な移譲契約でも結ばない限り、従属は絶対だ……可哀そうに。ここでゴブリンたちに好き放題されていたというわけさ」


特にゴブリンたちには識字という文化が存在しない。

数字などを書く文化がないのだ。

おまけに、商品としての売値に関しても英数字ではなく、魔法世界の数を示す記号で書かれていたため、少なくともヤクザなどの反社絡みの勢力ではない。

大融合事変後に安全地帯外に出現した魔法世界側の中でも、奴隷制を採用して合法としている帝国派と連邦派のどちらかのキャラバン隊を襲撃した結果なのだろう。


(ここも駄目か……もう息のある奴はいないのか……?)


息をしている者はいない。

どうやら駄目だったようだと諦めようとした時、ひっくり返ったテーブル席の隙間から何か動く音がした。まさかと思いテーブル席の狭間をのぞき込むと、そこに生存者がいた。

長い耳をして、まるで子ネズミのようにがくがくと震えていた。

亜人種……ケモ耳の付いた種族か。

言葉が話せるようで、震えた様子で俺に尋ねてきた。


「ごっ……ごっ……ゴブリンは……?」

「ああ、さっき全員始末したよ。君のほかに生きている人はいるかい?」

「いない……みんな、みんな死んじゃった……」

「そうか……」

「……もう、大丈夫?」

「大丈夫だ。ラウム、周囲にゴブリンの気配もないよな?」

「勿論よ。何か近づいてきたらすぐに分かるわ」

「探知機も魔石反応がないし、恐らくこれで大丈夫だ。ここから出てきても問題ないよ」


縮こまっていた亜人種の少女がゆっくりと身体を乗り出した。

ボロボロの布切れ一枚だけ羽織ったような格好で、首元には奴隷の従属魔法が書かれており、なおかつ値札も付いている。

見た感じ15~16歳ぐらいで、キツネのようなケモ耳とふわふわな灰色の尻尾を生やしている。

ラウム曰く、獣人族の女の子である事は確かだと語っていた。


「獣人族の中でも人間寄りの子ね……もっと獣っぽい種族もいるけど、あなたどこの出身かしら?」

「私は……ハニュから連れられてきました」

「ハニュ……?ここの辺りではないわね」

「私のいた場所……元々駅の中にあった帝国派の村でした。だけど、連邦の奴隷商人たちが襲ってきて……私たちを含めて奴隷にされたんです」

「連邦がさらったのか……何とも酷い話だわ」

「連邦も王国や帝国と対立しているからな。ハニュという場所も、恐らく旧埼玉県の羽生市辺りの事を差しているんだと思う。あの辺りは東京のダンジョンに潜り込む場所としては打って付けだからな」

「高崎ダンジョンとはまた違うのかしら?」

「かなり違うな。高純度の魔石が取れるのは旧首都圏に近い場所……所謂都心部分の場所に集中しているんだ。高崎ダンジョンでも採掘できる魔石もある程度品質はいいが、東京のダンジョンに根城を築き上げたモンスターたちの体内にある魔石のほうがかなり質がいいのは確かだ」


高崎ダンジョンで採れる魔石の純度は比較的高い方だが、首都圏のほうはモンスターや鉱脈にもよるが高純度の魔石が採れることが多い。

価格も段違いであり、1kg辺りの相場も5倍から20倍以上することも多い。

首都圏に出現したダンジョンの多くが、強力なモンスターが多い反面……そのモンスターやダンジョンの中心地点に生えている大樹から採れる魔石の価値は命を失うリスクを冒してでも手にしたい魔石回収屋が組合加盟して行く事が多いのだ。

ハイリスクハイリターンの代名詞でもあるわけだ。


連邦とはあまり関係は良くはないが、戦争をするレベルの敵対関係というわけではない。

日本政府は安全地帯外にある連邦や帝国派の居住区に関しては管轄外として半ば放任している。

流石に魔石回収業者の基地を襲うことはしないが、元々対立関係にあった魔法世界の国家への攻撃などはその国家同士の対立であり、管轄外の出来事だ。

つまるところ……日本政府や安全地帯外にある前哨基地等に危害を加えない限りは黙認しているも同然ということだ。


「羽生市の駅が襲われたとしたら……恐らく今はそこは連邦の支配地域になっているだろうな。羽生市の市役所跡地には魔石回収業者組合の基地があるんだ。連邦と帝国の陣取り合戦であっても原則は介入しない事になっているのさ」

「そうなの?」

「安全地帯外にある居住区において連邦や帝国が戦争しているのは有名な話だ。ただ、それでも今じゃモンスターたちもウロチョロしているし、危険であることには変わりない。ここまで連れてこられたのも何か理由があっての事だろうな……君、名前は何て言うんだ?」


獣人の少女は少し戸惑いながらも名前を教えてくれた。


「ギン、私の名前はギンです……」

「ギンか……なるほど、とりあえず最寄りの安全な街に身を寄せることもできるが……どうする?」

「戻れないのなら、身を寄せたいです……」

「そうだよな。ラウム……サクマに口添えしてもらってこの子を助けてやってもらってもいいか?」

「いいわよ。ハニュの事について知りたいからね……あと、この子の服はどうする?」


ラウムがギンの服をどうするか尋ねた。

今のギンは布一枚だけの格好だ。

流石にこのままあちこち連れて行くわけにはいかないし、ギンの尊厳もある。

無理やり従属魔法を掛けられている状態なので、その魔法も解除しなければならない。


「あ……そうだな、流石に一枚布だけじゃかわいそうだな。俺が探してくるよ、個室があればそこで身体を洗ってあげてやってほしい。それから従属魔法の解除も頼む、ラウムが適任だからな」

「分かっているわ。ギンちゃん、今アリアケちゃんが服を探してきてくれるから、その間に身体を洗っちゃいましょうか。ここに留まっているのも身体に悪いわよ」

「そ、そうですね……えっとアリアケさん、ラウムさん、ありがとうございます……」

「いいってことよ。ちょっとギンに見合う服を探してくるよ」


ギンは頭をペコリと下げてお辞儀をした。

元々礼儀正しい子だったんだなと思い、ギンに見合う服を探すことになった。

一階にあった服は女性物が殆どだったが、どれも汚れていたり破けたりしている。

弱ったなと思ったが、ここが元々食堂をやっていた事に気が付いた。


(食堂をやっていたのなら従業員用の服がどこかに残っているはずだ)


従業員は大抵統一された服装を着ることが多かった。

それに、身に着けていた服も一緒に洗濯することもあったはずだ。

食堂の従業員室と書かれた部屋を開けた際に、既に部屋は荒されていたものの、ビニール袋の中に入っていた未開封の服が数着見つかった。

俺は従業員が身に着ける予定だった服を借用し、ギンの所に持っていくことにしたのであった。

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