98話「強い人」
海岸線を眺めるアーリン。
海の魔物を討伐したことで、アーリンの海への恐怖心が少しだけ薄らいだ。
であるなら、アーリンの趣味である未知の武術への好奇心が頭を上げる。
そして港町トリストンで興味深い話を聞いたのだ。
なんとこの近くの海岸線には、魚人が住んでいると言うのだ。
人種と意思疎通ができ、なんなら人種相手に商いをしているらしい。
亜人種とされる魚人。だがその生活は人種と積極的な交流を図る友好的な亜人種らしいのだ。
主に海中で過ごす魚人たち。
そんな彼らには、どんな武術があるのだろうか? そんな期待がアーリンの足を動かす。
マーファは正直アーリンの趣味を良くは思っていない。
一つ間違えば大問題でしかないからだ。
それでも今回は、嫌がっていた海に連れ出した手前反対だとは言えないでいた。
アーリンとフレットは賛成派、タメエモンは消極的賛成とマーファが一人反対したところでどうにもならない状況ではある。
それにもう、魚人の集落への入り口はそこに見えてしまっていた。
入口とはいっても建物が見えるわけではない。
魚人たちは常に海の中にいる。
それでもそこが入り口だと言えるのは、一人の魚人が入り江に立っているからだ。
屈強な身体を見せつけながら、微動だにしない姿は精強な戦士に見える。
しかしながら、アーリンはそれが魚人だということだけにしか興味がないらしい。
「お、あんたが魚人ってやつか?」
「ああ。……お前たちは?」
「ここら辺まで旅をしてきたんだ。少し、聞きたいことがあって」
「……なんだ?」
気安く話しかけるアーリンに対して警戒する魚人。
その顔は、一見すると人種に見える。
だが、身体を見れば魚人なんだと一発で理解ができる。
うっすらと生えている鱗、そして裸なのにヘソも局部もない。
まるで鱗をあしらった服を着ているかのような姿。
その身体から警戒心がアーリンに向けて飛ばされている。
もちろん警戒されているのはアーリンだけではない。
フレットもタメエモンも同様に警戒されている。
しかし、マーファにだけは困惑の視線を向ける魚人。
自分たちは一瞥しただけだというのに、マーファに対してはその足先から髪の色まで観察しているように視線が忙しない。
アーリンに聞きたいことが増えてしまった。
だが、先ずは当初の目的のほうが重要だと、アーリンは口を開く。
「あんたらの種族で一番強い人に会いたいんだけど、どうやったら会える?」
「今、会っているが?」
「あ……え? そうなの!?」
まるで予期していなかった答えだとアーリンが反応する。
それがよほど気に入らなかったのか、魚人はアーリンに向かって拳を構える。
これは圧倒的にアーリンが悪い。そうマーファは頭を抱える。
初めて出会った人に「お前は弱いだろ」なんて言えば、当然喧嘩になる。
それは誰に対しても、どの種族に対しても同じだ。
そう、魚人の反応はどう言い訳をしても正しい。
正しいのだが……。
マーファを含めた仲間たちも残念ながら、アーリンと同様の反応を見せてしまっている時点でアーリンを責めることができない。
マーファでさえ思ってしまったのだ。
そんなウソがアーリンに通じるわけが無いと。
ここにいる全員が気が付いていたのだ。
魚人の立ち姿や備えている雰囲気で。
彼は腕に覚えがあるかもしれないが、まだまだ未熟。
武術家としては駆け出し程度だと。
だからアーリン以外の三人も意外だと反応を見せてしまった。
「あ~、ゴメン。そういう意味じゃなかったんだけど……えっと、受け身とれる?」
アーリンはさらに相手を怒らす言葉をかける。
これから拳を交えようとしている相手を過剰に心配すると言うのは、相手への侮辱でしかない。
そう言うのは、本当に未熟だとマーファはため息をつくしかない。
本当に言葉を交わすのは下手だと。
だが仕方がないと想うしかない。
アーリンはエルフの森で育ったただ一人の人種。
周りのエルフは彼を執拗に虐げ、周囲には敵の方が多かった。
そんな中で反抗を続けたアーリンが、まともな会話をできるわけが無いのだ。
マーファはそのことに気が付いて、必死にフォローしているはずだった。
だが、世の中には完ぺきというモノはない。
相手の頭に血が登ているのは、マーファでもさすがにわかる。
だが、まあ。……そこまで心配もしていないのだ。
アーリンが本気の拳を繰り出すのは、強者相手の時だけ。
アーリンが感情のまま拳を突き出すところは、この旅が始まってから一度もない。
なら、怪我をさせない程度には配慮もするだろうと。
弱い相手に本気は出さないだろうと。
そうマーファがしていた予想を覆す出来事が起きてしまう。
幼い頃から共に育ったアーリンとマーファ。
何でも分かっていると思っていた、完璧だと思われたマーファの予想。
そう、何事にも完璧というモノは無いのだ。




