97話「魔物を狩る者」
アーリンたちが過ごしたのちの世には狩人育成協会、通称冒険者組合と呼ばれるものが各地に設立されている。
各地に蔓延る魔物と呼ばれる生態系から逸脱した、他の生命を嫌悪したような全種族にとっての敵性生物。
そんな魔物の生態と発生の原因究明、討伐を目的として活動する組織。
その冒険者組合に所属する、未知なる敵性生物へと挑む者たち冒険者。
彼等はあらゆる得物を用いて魔物へと相対する。
中でも始りの冒険者として歴史に名を刻んだ『ルーディッヒ・フォン・ランスリッター』の狩猟槍が有名だろう。
迫りくる魔物を待ち構え、攻撃を受け止めながら突き刺す狩猟槍は、多くの魔物を屠った有名な冒険者の代名詞。
そして剣。
誰もが武器と言って、始めに思い浮かべる得物。
腰に剣を差しているという高揚感を受けべる初心者冒険者は冒険者組合の春の風物詩でもある。
だが多くの者は腰に帯びた剣を置き別の得物を手にするか、物言わぬ帰宅を果たすことになる。
それが分かっているから、先輩冒険者による忠告という風景もまた風物詩となっていくのだった。
それ故、剣を帯びてなお生き残り、冒険者を続けるベテランと言うのは皆に一目置かれる剛の者だと言われている。
そして冒険者組合に何度も出入りする人間は、誰しもが一度は目にする得物がある。
それはガントレット。
常識的に考えれば防具であるはずのガントレット。
それを武器として装備している冒険者は、あまり多くはないが確実に各所に10人は生息しているはずである。
彼らを称して『ガントレッタ―』と人は呼ぶ。
基本的には無手で、常に魔法を駆使して魔物と戦う……一種の狂人たち。
通常冒険者は、持っている得物の特性と得意な魔法を生かし複数人で役割を決め、魔物と戦うのが冒険者の常識だ。
だが、ガントレッタ―と呼ばれる狂人たちは常に一人で戦うのを信条としている。
魔法を使い攻撃し、自身を支援し、魔物の行動抑制を行い、止めすら自分自身で行うソロの冒険者。
彼らは自分の流派を唯一無二だと主張しているが、その流派の多さでも有名だ。
世界各地に色々な流派を名乗るガントレッタ―がいる。
とりわけ有名なのは、港町『トリストン』出身のガントレッタ―だ。
港町という特性を生かして、世界各地に移り住み冒険者稼業を生業とする者が多いのだ。
一時期は軍港として使われるほどの要所だったトリストン。
そこには神話がある。
神話の時代、攻めてきた海洋生物の魔物の大軍を一人のガントレッタ―が防壁を作り退けたのだという。
魔物をよく知る冒険者にとっては眉唾物の神話なのだが、それを信仰していると言ってもいいのがトリストン出身のガントレッタ―たちだ。
彼らは知っている。
自分たちの街の港にそびえたつ、高い高い防壁の存在を。
現代に至るまで誰も再現できなかった、あの街のシンボルを。
ある学者は言った。
あの防壁は自然に隆起したモノだと。
人の手で創り出されたはずのない、ましてあの規模の魔法を行使できる魔法使いなどそれこそ神話の域だと。
だが、街の者は誰もが知っていた。
あの防壁には、家屋に使われるような建材が飲み込まれているということを。
あの防壁の内側には、人の手が届かない高さに攻撃を防いだかのような痕跡が残っていることを。
そして当時から伝わっているだろう昔話が存在することで、それこそが神話の裏付けだと信じて疑わないのだ。
港をたった一人で守った英雄がいたのだと。
だから自らもその英雄に倣って、一人で魔物を討伐するのだと言い張る者が多い。
そしてトリストン流ガントレット術から新しい冒険者が旅立つ。
「良いか、我らは……」
「世にある全ての魔法を駆使して魔物を狩る者」
「うむ。得意不得意ではなく必要かどうかを常に考えるように」
「はい」
「あの防壁を心に置いておきなさい」
道場から見下ろす防壁には、いつのころから生息しているのかわからないほど濃いコケが付いている。
まるで港に突如現れた山のようだ。
それを老人たちはたった一人の人間が築き上げたと信じ込んでいる。
幼い頃に見たあの恐怖の魔物たち。
それを一人で撃退したなど、本来であれば信じることができない偉業だ。
遠い森にすむというエルフ達でも、まともに戦えば無事ではいられないほどの魔物が街の外に入るという。
そんな魔物にこれから自分は一人で戦いに行くのだ。
命の危険性があるんだ、必要があるならどんな魔法でも使うに決まっている。
そう心で笑ってしまう道場主の言葉。
心底ではガントレッタ―のプライドなどどうでもいい。そう想って修行に励んでいた。
魔物という恐怖を拭い去ることができるなら、どんな恥でもその身に受けよう。
これは魔物に対する復讐なのだから。
だが……もし、自分もあれほどの魔法を行使できるようになるならば、あるいは……。
新しい冒険者を見送る様に、防壁は今日もそびえたっていた。




