95話「盾」
アーリンたちが、海鮮を堪能し終えて腰を上げた時だった。
「きゃあぁぁぁーーーー!!!!!」
港から聞こえた、悲鳴。
あり得ない現実を否定したいと、心は拒否をするが目に写る現実はそれを許してはくれない。認識をしたくてもできず、恐怖から逃れたいと言語を捨てた声が、アーリンに届く。
近くにいた全ての人の視線がそちらに向いているのをアーリンは見ていた。
その視線の先に浮かぶ、海から顔を出した異形。
間違いない。
間違いなく、魚が変質した魔物の姿。
だが、アーリンを含めてそれを魚だと、一瞥しただけて認識したものはいなかった。
それほどまでに、巨大で海面に居続けるモノを魚だとは思いたくはなかった。
いったいどれ程ソレを皆が眺めていたのだろうか?
誰もがソレを現実だと認識できないまま、長い時が流れたのかもしれない。
「ぁ、うぁぁあ!!!!!」
誰かがいち早く現実に舞い戻り、声にならない声を上げた。
それにつられるように、地獄のような悲鳴が辺り一面を染め上げる。
我先にと人々が走り出す。
1秒でも速く港から、現実から逃げ出そうと、先行くものを押し退けながら走り出す。
恐怖が恐怖を呼び、悲鳴が折り重なっていくのをアーリンは、呆然と眺めているしかなかった。
アーリンでさえ、それが虚構だと思いたかった。
誰かがアーリンの肩にぶつかりながらも逃げていく。
「っっっ!!!」
いつもなら気にも止めないほどの、わずかな痛み。
それが、目の前に写る異形が現実だとアーリンに教えている。
それをアーリンにさせたのは、間違いなく恐怖だった。
『我、変革者として願い奉る! 祖は叡知の根源! 魂に刻まれた畏怖の象徴! 焔の槍よ! 我が前に!!』
アーリンの目の前に、巨大な火球が呼び出された。
そしてアーリンは、炎の熱も気にしない様子で、拳を火球へと撃ち込む。
巨大な火球は、3つの巨大な槍となり魔物へと飛んでいく。
周囲の人々は、それに気を取られることもなく、槍の反対方向へと走っていく。
魔物は、迫る槍を認めると、港にに海水を撒き散らしながら海中へと沈んでいく。
波に巻き込まれた人が足を取られ、転び引き波に引きずられていく。
槍が海面を蒸発させると、魔物は再び海面から顔を上げる。
槍が飛んできた先。
アーリンの姿を捕らえた。
これまでにも受けたことのある殺意が、魔物からアーリンへと伸びる。
いつもの魔物の反応が、アーリンを恐怖から解放していく。
アーリンが感じた安堵の瞬間。
アーリンと魔物の距離が、水棲生物の魔物だと言う認識が、アーリンからある経験を忘れさせた。
その距離が、その姿が、自分の安全を保証したかのように思ってしまったのだ。
そして、アーリンは思考を挟んでしまった。
先ほどの自分の攻撃が、有効でなかったがために、いったいこの魔物に何が有効なのだろうと。
アーリンの一瞬の油断。一瞬の思考が浮かんできた魔物の姿を正しく写してはいなかった。
魔物の頭上に浮かぶ、水の塊を隠していた。
「アーリン!!」
その水塊に気がついたのは、マーファが先だった。
アーリンの使う魔法のように浮かぶ水塊。
見慣れたモノに似ていたから、次に何が起こるのかマーファにはわかった。
マーファがアーリンに注意を促したと同時に水塊は動き出す。
無数に別れた水の槍が、魔物を中心にして伸びていく。
港近くの漁師小屋や家屋が、まるで爆破されたかのように宙を舞っている。
それに巻き込まれた人々も舞っていた。
予想していなかった魔物の攻撃が、アーリンの目に写る。
自分へと飛んでくる水の槍。
魔物の攻撃が届かないと思い込んで、忘れていたことを思い出す。
サンショウウオと犬の魔物は、熱波を使ったではないか。
ただでさえテッポウウオという奇妙な魚がいるのに。何故この攻撃に思いいたらなったのか?
アーリンは、唇を噛んで地面へと転がった。
盾拳の拳士であるはずのアーリンが、向けられた武器から転がって逃げる。それなあってはいけない屈辱。
だが、この槍の威力をアーリンは知らない。
自分の水の槍と同じ、もしくは上であった場合。受けるのは得策ではない。
そう判断したからこその屈辱。
魔物の頭上には、再装填されるかのように水塊が浮かんでいる。
そして、それは再び発射されてしまった。
アーリンの周囲も、マーファの周囲も関係なく。命のあるところ全てに飛んでいく。
三度装填された水塊。
魔物の殺意が、アーリンとマーファに集約されていくのをアーリンは見ているしかなかった。
「アーリン! 大丈夫ですか!?」
瓦礫となった建物の向こうから、フレットの声が響く。
魔物の殺意が、再び周囲へと広がっていく。
新しく現れた生命を求めて、伸ばされていく。
「くっ! 『我、変革者として願い奉る! 祖は生命と記憶の揺り篭! その力、大いなる盾としてそびえ立て!!』」
アーリンの魔法は港を壊しながら、大地を盾として空へと伸びる。
まるで自分を、仲間を見るなとでも言うように。
瓦礫となった建物を巻き込みながら、天へと伸びていく。




