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94話「網焼き」

 アーリンたちが訪れた初めての港町は、見たこともないような活気にあふれていた。

 怒号のように飛び交う声。それが怒りによってはしいていないのを見たアーリンでさえ、勘違いしてしまうほど。

 その港には活気があふれていた。

 今回の人生で初めての海辺。

 海に対する恐怖は消えないが、露店に並ぶ海産物にはついつい心が躍ってしまう。

「え? これ……どうやって食べるの?」

 マーファが手に持って不思議そうに眺めているのは、サザエに似た巻貝。

 まるで石ころでも見ているかのような、マーファの顔にアーリンの緊張は少しずつほどけていく。

「マハ姉、それは丸ごとかぶりつくんだよ」

「えっ! 本気で言ってる?」

「本当だよ。ね? おじさん」

「っプ! ああ、そうさ。焼くとホロホロと崩れるほど柔らかくなるんだ」

「へー……変わってるのね」

「……っふ。っっっ! あはははは!!!! 何で信じられるんだよ!!! マハ姉、ピュアかよ!!」

 突然笑い出したアーリンと露天商のおじさんの顔を交互に見た後、マーファの顔が紅く染まる。

 普段アーリンを世間知らずだと笑っているマーファに、意趣返しをされ怒るよりも恥ずかしさが勝ってしまったようだ。


「あはは、買ってくれるなら裏で網焼きできるがどうする?」

「おお! いいね。何個か買おうよ」

「あ、え? さっきのウソなのよね?」

「ああ、ここから棒でつついて中身をほじりだすんだよ」

 今度は本当のことを教えるアーリン。

 だがどこかマーファの視線には猜疑心が乗っている。

「本当だって。美味しいよ……だぶん」

「ああ、とびっきり旨い奴を焼いてやるよ」

 海産物という馴染みのある食材。それの持つ旨さを思い出し、さっきまであった海への恐怖も少しだけ薄れていくのをアーリンは感じていた。


 巻貝といくつかの海産物を購入し、露店の裏で網焼きを堪能していると露店のおじさんから奇妙な話を聞くことになる。

「いや、あんたらも大変な時にこの街に来たなぁ」

「……っ! うまっ! ……大変?」

「ああ、もう何人もの漁師が帰ってこないんだ。あんたらも船に乗るつもりなら気を付けな」

 なんでもここ数カ月で何隻もの船が沈んでいるというのだ。

 初めはよくある海難事故だと思われた。

 しかし海の状態も船員の熟練度も関係なく、次々を船が沈んでいる。

 おかしいと何度も調査が行われたが、原因は特定できずにいるという。

「それこそ魚人のやつらが攻めてきたんじゃないかって話だったけどな。どうもそうじゃないらしいんだ、アイツらも何人も襲われたらしくってな」

「魚人……そんなのがいるんだ」

「ああ。貝やらを持ち込んでくれるんだけど、何せ種族が違うからな。何があってもおかしくわねえ」

「けど、違うんだ?」

「どうもそうらしい。何か得体の知れないモンがそこらの海をうろついてるんだと」

 初めてきた街で聞く、奇妙な噂。

 本来なら、そんなこともあるのかと聞き流すべき話。

 だが、アーリンたちにはそうではない。

 思い当たるモノがあるのだ。

 

 アーリンの恐れた事態が生じている。

 海に住む生物の魔獣化。

 あってほしくはないと願ったそれは、確実に人種の直ぐそばまで来ている。

「アーリン」

「あ、……うん。そうだね」

「どうした?」

「ううん! この魚うまいねって」

「そうだろう? 何せ鮮度が違うからな!!」

 商品を誉められて得意げな店主をみるアーリンの顔色は優れない。

 

 苦手とする海での戦闘を予感させる話に、うまいはずの海鮮の味が鈍くなる。

 そしてアーリンの話を押し切って、海辺へと誘いだしたマーファも暗い顔をしている。

 アーリンの予期していた事態が現実となるとは思っていなかったのだから。

 泳げないと話していたアーリン。

 マーファも泳ぐつもりでこの場にはいない。

 ただとなりで魚をむさぼっているハクを喜ばせたいと海に来ただけなのだ。

 だがしかし、不審な話を聞いて捨ておくことはできない。

 魔獣は命ある者すべての敵。

 砂漠で見たあのイヌ科の魔獣のように、もし万が一繁殖でもしようものなら……。

 マーファの目に写る海も、さっきまでの爽快さは消えている。

 まるで人を寄せ付けない何か得体の知れない物に見えてしまう。

 二つの太陽に照らされた輝くような海が、すべてを飲み込んでしまう怪物に見える。


「アーリン……」

「仕方ないよ。二人も呼び寄せよう」

「……そうね」

 そこに魔獣がいるのなら狩らないといけない。

 魔石のためにも、そこにいる命のためにも。

 避けるわけには行けない。

 大精霊の宿っているハクが、何かを準備するかのように一心に魚をむさぼっているから。

 何より、アーリンの命の危機に繋がっているかも知れないのだから。

 アーリンとマーファの耳に届く波音は、得体の知れない怪物の咆哮のように聞こえていた。

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