92話「首尾」
「おい、来たぞ」
アルテア・ポーラシュルテンは暗い屋敷を見回す。
埃っぽい空気が、そこには誰も住んでいないのではないかと思わせるほど。
しかし、そこに自分の協力者がいるのは間違いはない。
もう何度も訪れているのだから。
最初のころは直ぐに返事をしない家主に、住処を変えたのかと思ってしまうほどだった。
少し歩くと、そんなことはできないと理解できる。
かつての仲間が所有していた、多くの実験器具はそのままあるのだから。
ドワーフたちに頼み込んで、作らせたものも少なくない。
それらが埃をかぶったまま放置されている。
まるで子供が興味を失ったおもちゃのように家の隅に放置されている。
家主が興味を示さない物であっても、アルテアにとってはそうではない。
戦友に、無理を言って製造してもらった大事な遺品だ。
だが、その実験器具が埃をかぶっている現状には満足しているのも事実だった。
これらがもう必要ないということは、計画はもう取り返しのつかないところまで進んでいるということ。
自分たちの願望である『深淵の森』にもうすぐ手が届くということ。
それもこれも、協力者からもたらされたゆるぎない結果。
昔の苦労を思い出す実験器具、それを横目にアルテアは前へと進む。
「入るぞ」
「ふふふ、レディーの部屋にノックもないなんて。エルフは本っっ当に無粋ね」
「ハッ! 誰がレディーだ」
今日も協力者の軽口はアルテアの癇に障る。
軽口を言うその表情も声も、アルテアの心には好意的に届くというのに、協力者の言葉だと言うだけで例えようもないほど不愉快極まる。
今にも相手の顔を吹き飛ばしてしまうほどの力が、アルテアの拳に宿る。
だがそれを振るうことをアルテアはしない。
いや、出来はしない。
彼女と出会うことの出来た幸運。
そして自分たちの協力者として関係を結んでくれた幸運は、何にも代えがたい事だけは事実なのだから。
「首尾はどうだったの?」
「ああ。お前の言う変革者の候補はだいたい消してきた」
「そう! ……ありがと」
「チッ! で? お前の方はどうなんだ?」
素直にお礼を言われたのは理解できるが、そこに何も含んでいないとは思えない。
何かしらたくらみがあるのは、出会った時から分かっている。
だからどうしても、コイツの目を正面から見ることができない。
見てしまえば、取り込まれてしまうかもしれないから。
あの男のように。
「こっちも上々よ。魔獣たちは望んだ方向に進化しているみたい」
「そうか」
「でも……」
何かを感じとった様子の協力者に目を向ける。
もったいぶらずに早く話せと視線で促す。
「思ったより、進化の速度が速いのは確かね。……まあ、万素の性質を考えれば、許容範囲なんでしょうけど」
「本当にそうなのか?」
「ん~~。大気の成分でも計測できれば詳細は分かるんでしょうけど」
「やればいいじゃないか」
「できないでしょ。エルフさん」
「……チッ」
痛いところを突かれたアルテアは、視線を壁に戻す。
計測器ならあったのだ。
今はもう失われてしまったが。
その原因に心当たりのあるアルテアは、黙るしかできない。
そう、これは自分の失態でもある。そしてエルフの失態でもある。
だから協力者が言う嫌味にも声を出すことができない。
そんな様子を満足そうに眺める協力者。
その態度が、やはり……どうしても好きにはなれない。
アルテアは身体ごと視線を外して、部屋の外へと歩き出す。
「あら? どこに行くの?」
「どっかで暴れてくる」
「そう……一人で?」
「ああ……」
どこかの戦場で憂さを晴らしたい気分だった。
それは協力者も推奨している行為。
それなのに、何故問いただすのか?
エルフの中でも、この協力者と行動を共にするエルフはもう自分くらいのものだ。
あいつ等と袂を分けたのは、了承したはずなのに。
「弟子取ったら?」
「……何?」
協力者の言葉が、その日一番アルテアの血を沸騰させた。
お前の言葉で弟子がいなくなったというのに。
あいつを、アーリンを自分の手で始末しなくてはいけなかったというのに!
アルテアは渾身の踏み込みで、協力者へと拳を放つ。
アルテアの踏み込みで、屋敷中のホコリが舞っている。
確実に殺すために放った拳。
だが、そこには衝撃的な光景だけがあった。
確かな殺意を込めた拳はアルテアの目算とは違う場所を撃っていた。
協力者のすぐ後ろの壁が、音を立てて崩れている。
「行きたいんでしょ? 『深淵の森』に」
「……」
「だったら、確実に世界を壊さないと」
眩しいばかりの笑顔でとんでもないことを言っている。
そんな協力者だからこそ、……手を取るのだ。
「何人いる?」
「そうね。……先ずは5人、10年後には40人もいればいいんじゃないかしら」
アルテアは協力者を見下ろしながら舌を打つ。
40人という数字も知っていて言っているのだろうから。
「森にいる。連絡はいつもの方法で」
「ええ。精霊にお願いするわ」
アルテアの去った屋敷で、その女は宙を見つめていた。
「ん~~。段々と遠くまで見れなくなってきてるわね」
ふと、自分の手を見つめる。
「もう限界かしら? 新しいの手配してもらわなくっちゃ」
そうは言いつつも何も行動を起こそうとはしない。
「ふふふ」
楽し気な笑い声だけが、朽ちかけた屋敷に溶けていくのだった。




