90話「クーラー」
オーガーのタメエモンが旅に加わって、2カ月。
アーリンたちは大きく南下し、果ての見えない草原を歩いていた。
時々大きな木々は生えているが、アーリンたちが見る大半の風景は背の低い草まみれの世界。
ふたつの太陽が煌々と地面を照らしている。
うだるような暑さ、そして肌にまとわりついてるかのような湿気。
アーリンには、前世を思い出すかのような気候である。
それがうれしいかは別として。
「あ~! 暑い」
「アーリン、うるさい」
「『クーラー』が欲しい!!」
日陰に逃げ込もうにも日陰すら見当たらない周辺環境。
思わず涼を求めて、前世の技術を欲してしまうのも無理はないだろう。
「なんですか? くーらーって?」
「冷たい空気を出す物、家を涼しくするんだよ」
「人種ノ家ニハ、ソンナモノガアルノカ?」
「タメエモンが信じちゃうでしょ! まったくアーリンは……そんな便利なものあるわけないでしょ」
前世の記憶だと言うのを忘れていたアーリンは、苦い顔を浮かべる。
マーファが非難してくるのを訂正しようかと思うったが、頭に登った血が沸騰したかのように視界を歪める。
ダメだ。
殺人的暑さで、さすがのアーリンも口を開くこともできない。
一行の足取りも徐々に重くなっていく。
せめて日陰でもあれば……。
誰もが身体を休めたいと、すがるような目であたりを見ていた。
しかし、そんなモノはない。
この周辺で、一番背が高いのは自分達以外にはない。
ないものの影には入り込むことはできない。
「……あ」
何かを思い出したかのように、アーリンは腰にぶら下げた魔石を見る。
『神と変革者の名において願い奉る。祖は記憶、流れる時間を記す頭脳なり。その身に流れた時間の姿を我の前に』
「っえ? ちょ、ちょっとアーリン」
突然魔法を行使しようとし始めたアーリンに戸惑う仲間たち。
いったい何の魔法を使うつもりなのか、見当もつかない。
マーファとフレットは、焼けるような温度になっている草へと自分の身を投げる。
タメエモンもそれに倣って、身を低くしてアーリンを見ているしかできない。
『大地よ! なんかいい感じに盛り上がって日よけを造れ!!』
「……はぁ?」
思わずフレットが身を乗り出しそうになる。
そんな適当でいいのかと、さすがに抗議したくなったのだろう。
それを止めたのはハクだった。
毛皮で熱の逃げない身体を何とか動かし、フレットの頭を踏んで大地へと押し付ける。
「何? 地震!?」
一帯が激しく揺れ始める。
まるで地殻変動でも起きているかのように、激しい揺れにアーリンをのぞく全員が視界を塞いでしまう。
今まで感じたこともないような激しい揺れ、それはごく短時間で収まった。
恐る恐る目を開ければ、今までそこにはなかったものが出来上がっていた。
「あ~! ……涼しい」
アーリンは盛り上がった大地の影で休んでいた。
何事もなかったかのように。
「……いつまで寝てるんだよ。寝るならこっちにしなって」
疲れたように仲間を呼び寄せるアーリン。
何か言いたげなマーファとフレットは、何も言わず日陰へと歩き出す。
オーガーのタメエモンは、いったい何が起きたのかと今しがた出来た小さな丘と周囲を見比べている。
「まだ暑いか」
日陰とで少しはましとはいえ、4人と一匹が集めればそれなりに熱を感じる。
「え~っと……」
「アーリン。魔法使う時は何をやるか先に言う」
「そうですね」
「マ、魔法ッテナンダ?」
クギを刺されたアーリンは、少し不満そうだ。
良かれと思ってやったのにと。
「何って、氷出そうと思っただけだけど」
「特別大きいのお願いね」
「いや、一人一個のほうがいいのでは?」
「ナ、ナァ? コノ気温デ、氷溶ケナイノカ?」
何も知らないタメエモンだけが、皆に疑問を投げている。
それが険悪な空気を和ませているのかもしれない。
「ア”ア”~!! 魔法ッテノハ天国ダ」
氷塊を抱いて熱くなった体を冷やしながらタメエモンが言う。
「あはは、確かにこの暑さに氷は天国ですね」
氷の冷たさで、さっきまでの険悪さもどこかに行ってしまった。
「そうよね。何もないなら精霊術とか魔法使えばよかったのよ……暑いと頭が働かないのね」
アーリンと同じことを自分もできたのだと思い至れば、マーファの顔は暑くなる。
そんな顔を氷に当てながら、溜まった熱を氷に移すのだった。
「ま、俺も直前まで思いついてなかったんだけどね……うぇぇ、これもうお湯じゃん」
乾いたのどを潤そうと腰に下げていた水筒から水を口に運ぶアーリン。
しかし、その水も周囲の空気から熱を受け取り水とはいいがたい温度になっていた。
「だったら、これに入れれば?」
マーファはさっきの挽回とばかりに、氷で作った器をアーリンたちに差し出す。
「マハ姉、ありがと……ねえ? 溶けたけど?」
「オオ! ソレモ魔法カ!?」
タメエモンは目の前にあるモノ全てが魔法に見えてしまっていた。




