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89話「役目」

「父上ェェ!! 父上ハドコダ!?」

 執務室の外で長男の声を聴き、ため息を落とす。

 どうしてあの子は、あんなにも騒々しいのか?

 騒がなくとも、自分がここにいることなど元から承知しているだろうに。

 ああして周囲を威嚇でもしているつもりなのか?

 もっとオーガーはオーガーらしく、静かに威嚇することを覚えないと息子の成長は望めない。

 この多くの種族が生活する城で、主張したいという気持ちは理解できる。

 しかし、実力の伴わない威嚇をするほど、ほかの種族に軽く見られると言うのがわからないとは……。

 情けなく感じながら、執務室に詰めている秘書に息子を連れてくるように伝える。


 バン! とわざわざ大きな音を立てて入室する息子。

 その姿にも落胆のため息が出てしまう。

「今日はどうした?」

「ドウシタデハアリマセン! 父上コソドウシタンデスカ!?」

「どうしたとは? 父は陛下から頂いた役目を全うしているだけだ」

「ソレガオカシイノデスヨ!! 何故我ラ、オーガーガ机ニ向カッテ数字ヲ睨ンデイナクテハイケナイ!?」

「……それが役目であり、仕事だからだ」

「オーガー最強ノ父上ガ、何故ソンナコトヲ言ワレルノデス!? 『タメエモン』ノ名ニ恥ズカシクハナイノデウカ!?」

 恥ずかしくは無いのかと問われれば、恥ずかしくはないと答えるしかない。

 役目を全うできない事こそが、何よりも恥ずべきことなのだ。

 それが例え、苦手な分野であっても!!


 思わず目にしていた書類を丸めてしまいたい気分になる。

 しかし、それはできない。

 確かに息子の言うように、オーガーである自分が書類仕事などしているということに違和感がないはずがない。

 本来であれば、陛下に付き従いこの国の軍部の要でなくてはいけない。

 それほどオーガーという種族の力は大きいはず。

 ……しかし、あの悪戯が大好きな陛下はそうはしなかった。

 他の種族も当然、自分たちの武力に自信は持っている。

 頭脳を使うより、身体を使う仕事の方が人気だったのだ。

 体格も武力もオーガーである自分は、荒事のほうが向いている。

 建国前には、陛下の供回りで色々な街へと赴いて陛下の交渉相手を威圧するのが役目だった。

 いざ建国となった時、陛下はこういった。

「この国で交渉という現場を知っているのは、お前だけだ。何よりお前の知る人物たちは、我が国の経済に関連している、だからお前には経済大臣を担ってもらう」

 もちろん固辞した。……したのだが、それを認めるほどあの陛下は簡単ではなかった。

「よし、じゃあ……相撲で決めよう!」

 嬉々としてそんなことを言ってくるのだ。

 

 オーガーである自分に相撲で挑戦するなど、普通は考えるはずもない暴挙。

 周囲もそれを分っているハズなのに、誰も止めはしなかった。

 逆に止めるどころか、はやし立て俺を逃がさないように声を上げたのだ。

 フレット殿など、自身の魔法で土俵まで作り周囲に興奮を与えるほど。

「ハハハ! 今回は俺の完勝だな。……さて、敗者はどうするべきなのかな?」

 勝負事で重要な役職を決めるという暴挙に誰も反対しない。

 むしろ面倒事が自分に回ってこなかったという安堵さえ隠さない。

 仲間ながら、本当に憎らしい奴らがそろったものだ。

 そんな仲間たちに笑われないためにも、与えられた役目を投げ出すことはできないのだ。

 そんなこともわからないとは……我が息子ながら情けない!

 何度目かのため息と共に、俺は息子に言ってしまった。

「文句があるなら、陛下に直訴すればいいではないか。お前にできるのであればな」

 見くびられたと思ったのだろう。

 顔を赤くした息子は肩を怒らせ、うるさいほど足音を響かせて出ていった。


 ……ふう、これでようやく仕事に集中出来る。

 まだまだこの国は立ち上がったばかり。何をするにも金はいる。

 物資も他国から持てこなくてはいけない、そのための交渉相手も考えなくてはいけない。

 陛下個人の伝手も陛下の仕事を優先しているために、あまり無理を言えない。

 幸い、人種に広がった魔法のお陰で何とか交渉することはできている。

 この国は潤沢と言えるほど魔石を確保できる。

 それも人種の言う、1級の魔石が多い。魔法の触媒として優秀な魔石のお陰で不利な交渉は少なく済んでいる。

 本来なら広く人種も受け入れた方が、この国のためではある。

 しかし、そうできない訳がある。

 この国の建国理由を考えれば、当然なのだが。


「陛下ァァ!! 私ト一勝負願イタイ!!」

 中庭の方から息子の声が響いている。

 まったく……本当に陛下に直訴しに行くなんて……。

 そんなことより、自分の仕事を手伝って早く仕事を覚えてほしいんだが?

「何故ダァァ!?」

 あの様子だと負けたようだ。

 さもありなん。

 俺でも陛下に勝つなんてことは、そうそうない。

 息子のような未熟な力士が勝てる道理もない。


 中庭からまだ陛下の笑い声と息子の無残な声が響いている。

 もう何度時を告げる鐘が鳴ったのか? まだ二人の声は元気なままだ。

 二人の声を聴いていると、無性に疼いて来る。

 自分の中の戦士としての魂が震えている。

「陛下!! 私とも一勝負願いたい!!」

 気が付けば中庭にいた。

 陛下の、自分が戴いた王の笑顔。

 ようやく来たのかと言いたげな、その笑顔。

 それは、子供のころから変らない。

「ああ。タメエモン、何番でも相撲しよう」

 憎らしくも嫌いになれない戦友の笑顔がそこにはあった。

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