88話「タメエモン」
「大事な儀式をめちゃくちゃにして、本当に申し訳ない!!」
「気スルコトハナイ、我ラガ戦士モ満足シテ逝ッタダロウ」
翌朝、目を覚ましたアーリンは昨夜の出来事を思い出し、一番にオーガーの老人に頭を下げた。
穏やかに返すオーガーの老人。
それがアーリンにとって、余計に自分を責め立てる。
「まったく、あんたって子は……本当に反省しなさいよ!」
マーファに過剰に子ども扱いされても、アーリンの頭が上がらないのを見るとちゃんと反省してはいるようだ。
そしてようやく顔を上げたアーリンは、苦い顔のままオーガーの老人に聞かなければいけないことを思い出していた。
「俺たちがここに来たのは、近くの村からあんたちの退治を依頼されたからだ……これからどうする?」
アーリンは、正直オーガーという種族を最初からそれほど危険な種族だとは思っていない。
しかしこの周辺に住む人種はそうではない。
伝承にある人食いの種族、オーガーとの共存は無理だと言っている。
例えアーリンたちが危険は無いと言っても、信じる者はいないだろう。
そしてアーリンたちが、オーガーを退治したと嘘を言ってもいずれバレる。
そうなれば、人種とオーガーの争いは確定した未来とまで言える。
「フム。人トノ約定ハ果タサレタトイウコトカ」
「約定ってなんなんだ? あの戦士も言ってたけど」
「我ラガ、山ノ厄災カラ人種ヲ守ル代ワリニ、コノ地ニ留マルコトヲ容認スルト言ウモノダ」
「山守をしてたのか?」
「アーリン、山守って何?」
「あー……簡単に言うと、山の管理を行って災害やら盗賊が住み着かないようにする番人みたいな感じ」
「ウム。マサニ」
アーリンたちが訪れたこの名もない山。
近くに山村があるが、このオーガーの領域まで雪深いことで難儀することはあっても、山特有の不便はあまり感じてはいなかった。
比較的歩きやすい山道、そして空の見えないという閉塞感の少ない木々。
自然というには違和感のある、生活感のある山だと感じていたのだ。
「約定ガ終ワッタノデアレバ、我ラハ去ルノミ」
「……それでいいのか?」
山をここまで生活しやすくすると言うのは、並大抵の労力ではない。
それこそ何代にもわたって、計画を立て整備し、その計画を忠実に果たしてきた証拠だ。
それはそこに従事した先祖、その計画のために流れた血があるということ。
それらはオーガーの功績として讃えられるものだ。
それらはオーガーが享受するべき恩恵であるはず。
それを受け取らず、功績も恩恵も必要がないと言ってのけるオーガーは、アーリンにとって不思議な生き物に見えた。
今でこそアーリンは、武術に没頭できる今というモノに価値を見出している。
しかし、過去。転生する前のアーリンとなる魂は、何かをなそうとあがいていた記憶がある。
何かになりたい、何かを成し遂げたい。ただ生きていたくはない。
功名心だけは一人前の何をなしていいのかわからない、空虚な魂だった過去の自分。
それを是とする神様に拾われて今こうして生きてはいるが、いつその肥大した功名心が顔をもたげてこないかと不安であるのだ。
そう言う意味では世界に変革者として、魔法を行使できる立場は悪いものではない。
魔法そのものに忌避感があるだけ。変化の本流に自分がいると感じるのは嫌いではない。
そんな自分とは全く違う価値観を持つオーガーという種族。
「アア、ソレデ良イノサ」
その笑顔に感銘を受けてしまいそうになる自分にアーリンは顔を赤くする。
老人に集められたオーガーたちは、古い約定の終焉を笑顔で受け止めていた。
そして転居するための準備に追われている。
多くはない荷物を集め、自分たちの痕跡を少しでも無くそうとする行為。
これのどこが危険な種族なのかと山村の人種に問いたい。
だがそれをするのは正しくはないのだろうと、アーリンは作業するオーガーたちを見ながら思いにふける。
そんなアーリンたちにひときわ体の大きいオーガーが近寄ってくる。
化粧をしてはいないが、アーリンと土俵で戦ったオーガーだとわかる。
「名前ヲ聞カセテクレ」
「俺はアーリン。こっちの赤い髪がマーファ、ゴブリンがフレット」
「アーリン。頼ミガアル」
「頼み?」
「アア、俺ハオ前ト一緒ニ旅ガシタイ」
「え!?」
突然の申し出に戸惑うアーリン。
家族はいいのか? それに山に行くとは限らないぞ? 一生住処に困ることになるかもしれないぞ?
言いたいことは山ほどある。
あるのだが……。
「わかった。いっしょに行こう!」
元々アーリンはオーガーを嫌いではなかった。
今はその潔さに尊敬の念すらある。
そんなオーガーが、家族と離れ自分について来たいと言ってくれているのだ。
断れるわけはない。
「よろしくな、……えっと?」
「アア、俺ノ名ハ……」
「『タメエモン』ダ」
大柄なオーガーの後ろで老人のオーガーは言った。
「我ラノ最強ノ戦士、『タメエモン』ダ」
「あはは、タメエモンって雷電かよ! ……よろしくな、タメエモン」
「アア。宜シク頼ム」
大きな手と小さな手がきつく結ばれた。
勝手に同行を決めたアーリンをマーファも怒ることは無い。
少しだけフレットが呆れてはいるが、自分と同じ立場の者が増えたのだとあきらめるしかなかった。




