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87話「決着」

 この儀式で仮面を着けた者が、素顔を晒すことはタブーであった。

 仮面は死した戦士を表してるからだ。

 戦士となる時に自身の顔と仮面に同じ文様を描き、例え死した肉体が仲間の元に還らなくとも互いを送ることができるようにと始まったものだ。

 そしてその仮面を着けた戦士は、どのようなことがあっても儀式中は仮面を取ることが許されない。

 仮面は戦士の魂そのもの。魂を正しく送るためにその仮面を着けて神と戦う。

 激しく、そして豪快に神と戦うことこそが、その仮面に込められた魂の満足につながるとされている。

 だから仮面の破損や脱落などは、本来あってはいけないはずだ。

 それは、この場にいるオーガーの共通認識のはず。


 それなのに仮面を破壊した人種の子供にも、破損した仮面を脱いだ戦士にも誰も何も言わない。

 歴代最強の戦士と言われた仮面は、まるで満足したかのように綺麗に割れていたから。

 そしてその仮面の下から顔を出した戦士は、未だに満足していないように向かい合った人種の子供を見据えている。

 両者ともにうっすらと笑顔を見せながら、決着の一番へと向かっている。

 一勝一敗という戦績。

 二人の体格差を考えれば、それはあってはいけない戦績。

 しかし誰も戦士を罵倒しない。

 それは土俵に立つ人種の子供が放つ存在感が、戦士そのものだったからだろう。

 土俵の中央で睨み合う二人の戦士。

 二人の放つ緊張感が、周囲にも伝わり誰も物音すら立てることなく二人を見つけることしかできない。


 オーガーの戦士はアーリンの放つ存在感を目の当たりにして、動揺している。

 こんなにも小さな身体で自分を投げたという事実。

 あり得ないはずだった二戦目、そして考えもしなかった敗北。

 それが脳裏をかすめる。

 思わず戦士は立ち合いを外してしまう。

 アーリンに背を向けて大きく息を吸い込み、雄たけびを上げる。

 不安を自分の中から吐き出すように、洞穴にたまった淀んだ空気を吹き飛ばす勢いで叫んでいる。

 雄たけびがやむと戦士は四股を踏み、落とした腰をせり上げながら両手を伸ばす。

 それを見たアーリンも同じように土俵入りを行う。

 アーリンは落とした腰をせり上げながら、右手を伸ばし左手を胸に置く。

 それを見合った二人の戦士は土俵上で笑い合う。


 固まった空気もどこかに行き、二人の戦士の間には澄んだ空気が流れている。

 気軽に仕切ったかのように見えた二人の身体が、互いに向けて急発進をはじめる。

 肉と肉がぶつかる鈍い音があたりに響く。

 立ち合いを制したのはオーガの戦士だ。

 互いに頭からぶつかり、体重差が激しいにもかかわらずアーリンは少し揺らいだだけ。

 それだけでも本来ならあり得ない出来事。

 それなのに、立ち合いに負けたアーリンが先に仕掛けた。

 オーガーの身体に自分をめり込ませるように、再度体当たりを敢行し、その勢いで押し出そうと行動を始める。

 しかし、今回オーガーが持っていたのは前褌まえみつ。アーリンの衝撃は両の腕が吸収してしまう。

 攻守交替とばかりにオーガーはそのままアーリンに対して投げを撃つ。

 前褌を絞りながらアーリンの腰を浮かせ、身体ごとアーリンを土俵から引っこ抜こうとしていた。

 アーリンはとっさにオーガーの両腕の間に手を潜り込ませ、身体ごと相手の褌を取りに動く。

 その一連でアーリンの足がオーガーの足にからむ。

 二人は互いのからんだ足を離さないように持ち上げ、半身同士になったまま強引に投げを撃ちにいく。

 一瞬の攻防に周囲は、瞬間的に沸き上がった。

 両者とも片足だけを土俵に付け、投げに耐えながら申し合わせたようにケンケンと前に出る。

 二人の身体が揺らいだ。

 土ぼこりを上げて、二つの身体が地面へと落ちる。


 同体だ。

 同時に地面に落ちたのは誰の目にも明らかだった。

 もしかしたら、厳密には違うのかもしれない。

 だが、二人の顔は言っていた。

 勝ち切れなかったと。

「……引き分けか」

「アア」

「ちゃんと決着つけようぜ!」

 そう言って勢いをつけて立ち上がったアーリンの様子がおかしい。


 まるで酒に酔ったかのような千鳥足。

「あ、あれ?」

 アーリン自身も何が起きているのかわからない様子。

 そしてオーガーがアーリンを支えようと出した手が間に合わないまま、アーリンは尻もちをついてしまう。

「あ~……世界がまわってら~」

 そんなこと言いながら、アーリンは土俵に大の字になってしまった。

「オ、オイ!」

 オーガーの戦士は目の前で倒れたアーリンを心配し、覗き込む。

「あ~、大丈夫大丈夫! ……けど、これ以上は無理だぁ」

 顔を赤くしたアーリンが何とか手を挙げて、戦士に応える。

 しかし、直ぐには立ち上がることもできない様子。

 しかも先ほどとは違い、アーリンの顔はだいぶ緩んでいる気がする。

「たぶん、酔っぱらったのね」

 立ち上がらない二人のそばにマーファとフレットが近寄っていた。

 そしてアーリンの顔を見て、そう結論付けた。

「ヨ、酔ッパラッタ? 何ニ?」

「あのね、儀式前に飲んだでしょ?」

「薬湯カ?」

「うん、あれさ……少し発酵して弱いお酒みたいになってるわよね?」

「ダガ、我ラノ子供デモ飲メルゾ?」

「この子、全然飲めないの」

 オーガーの戦士は信じられないようなものを見る目でアーリンを見ていた。

「……フ、フハハハハハ!!!!」

 厳格なはずの鎮魂の儀式は、戦士の笑い声で終わっていくのだった。

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