84話「戦って見たかった」
揺れる視界の中で、オーガーたちの熱狂を見ていた。
仮面を着けたオーガーは、見えないはずの対戦相手を睨みつけている。
アーリンにとっては、正確にはそのはずであると理解するしかない。
仮面に隠れた視線と見えないはずの何者か。その視殺戦が行われているのだろうと予測するしかない。
なぜなら周囲にいるオーガーたちは、それを見て興奮し声を上げているのだから。
気合を充実させた仮面のオーガーが仕切る。
拳を地面に置きながら、相手を見据えている。
そして一瞬拳が地面に触れたかと思うと、巨体が高速で突進をはじめる。
見えないはずの肉体同士のぶつかり合い。
何もないはずなのに、その衝撃をアーリンも感じていた。
そして廻しを取り合い、四つ相撲となり静寂が訪れる。
見えないはずの何者かとの崩し合い、それは仮面のオーガーが制したかに見えた。
投げに移行する一瞬のすきを突かれ、仮面のオーガーが背中から地面に倒れ込む。
決りてはあびせ倒しになるのだろうか?
アーリンが決り手に悩むと、周囲のオーガーたちは途端に泣きだす。
誰も彼も見えない何者かに、泣きながら懇願をはじめるのだ。
「まだ未熟なんだ! 連れていかないでくれ!!」
「彼はもっと強くなる! だから時間を戻してくれ!!」
そう口々に言っていた。
これはオーガーたちの鎮魂の儀式。彼らなりの黄泉送り。
それにしては何とも未練の色が多い気がする。
まだ誰もあの戦士の旅立ちを受け止め切れていないかのように見える。
倒れ、負けたはずの仮面のオーガーが再び立ち上がり、土俵の隅で四股を踏み始める。
それが始まると、懇願の波は次第に引いていき、再び立ち合いの空気が流れだす。
静寂の中、再度仮面のオーガーが相手を見据えている。
そして立ち会い。今度は仮面のオーガーが横なぎの張り手を見舞ってから廻しをとる。
そして再び力比べが始まった。
廻しを引きながら優位な位置に入った仮面のオーガー。
しかし相手も黙って廻しを取らせたわけではないらしい。
仮面のオーガーの両腕が伸び始め、関節を取られたかのようにオーガーの身体も浮き始める。
両腕を閂に取られても、廻しを離すことく腰を沈め投げを打つ。
不完全な投げになり、オーガーは肩から地面に落ちる。
これはいったいどっちが……?
悩むアーリンをよそに、周囲のオーガーたちは歓声と共にまだ土俵に集中している。
なるほど、今度は同体だったのか。
それが正しかったのだと、仮面のオーガーは三度仕切り始める。
三度目の立ち合い。
それは一回目と同じように強烈なぶちかましから始まる。
そして三度廻しに手が伸びる。
グッと力の込められた右手が廻しを掴んだと思うと、左足を引いて仮面のオーガーは半身となり右手が前に振られた。
見ていた者は、その姿に歓声を投げていた。
もちろん、アーリンもその一人だ。
見事な投げ技。アーリンの予想では下手投げ。
息を切らした仮面のオーガーが、投げた相手を見降ろしている。
そして仮面のオーガーが手を差し伸べる。
強力な力を持つ見えない何者か、それに三番勝負を挑み引き分けて見せた。
地上のオーガーにその力を存分に見せつけた仮面のオーガー。
歓声は次第に涙声に変わっていく。
先ほどは力が無いから、連れていかないでくれと言っていた。
しかし力を示したのだから、神に召し上げられても仕方がない。
皆の涙はそう言っていた。
そう、これは鎮魂の儀式。
別れの儀式なのだ。
オーガーの風習によって創り上げられたオーガー独自の風習。
命ある者との別れの儀式。
だが、誰よりも興奮状態にある人種の男は違った。
薬物で正気じゃないとはいえ、アーリンはさめざめとした空気を意に介していない。
まだ寒い時期だというのに、いくら洞穴の中とは言え、上半身の服を脱ぎだし土俵へと歩き始めている。
マーファとフレットはマズいと思いながらも、そのアーリンを止めることができないでいた。
初めて摂取した薬物からまだ体の自由を取り戻していない。
「アーリン……やめて」
「……アーリン、ダメですよ」
何とか声を絞り出すが、それが届いている様子はない。
歩き出したアーリンを不思議そうに眺めるオーガーたち。
この場で土俵に向かって歩き始める者などいるはずがないという、オーガーの常識がその光景を正しく認識できなくしていた。
土俵にやってきたアーリンは、慣れない四股を踏み微笑んでいる。
そしてまさに相手の土俵にズケズケと上がり込んでしまったのだ。
「あんたとは戦って見たかった」
それは目の前の仮面のオーガーに言ったのか? それとも天に昇ったはずのあの戦士に言ったのか?
アーリンは仮面の下にあるオーガーの眼に向かって真っすぐに視線を伸ばす。
本来なら儀式に割り込んだアーリンを咎めるはずのオーガーたちも誰も声を発しない。
仮面のオーガーが腰を落とし、仕切りをはじめてしまったから。
儀式にはなかった勝負は、もう始まってしまったのだ。




