83話「鎮魂」
アーリンたちがオーガーの集落を見つけたのは、日が完全に落ちて真っ暗な山道を歩いている頃だった。
いや、完全に暗くなったから気が付くことができたと言っていいだろう。
かがり火の灯された渓谷にあった横穴。
それが有ったおかげで、こうして届けることができたのだ。名前もわからない勇敢な漢を。
「我ラノ元ニ戦士ヲ還シテ頂キ、誠ニ感謝申シ上ゲマス」
戦士の亡骸を見て、年老いたオーガーは頭を下げる。
傷の状況やアーリンたちの表情を見て、何があったのかを悟ったのだろう。
渋るハクを説き伏せて、雄牛もオーガーに引き渡す。
まだ氷の鎧を着ている雄牛の姿に、集まったオーガーたちが息を漏らす。
真っ赤に染まった角と顔、そして氷の鎧ごと粉砕されている雄牛の首。
その化け物の姿を見て、この戦士がいかに勇敢であったかなど改めて口にする必要もない。
「サア、皆デ宴ノ準備ヲ始メヨウ! 鎮魂ト勝利ノ宴ダ!!」
年老いたオーガーの声で、オーガーたちは忙しなく動き始める。
それを見ているだけのアーリンたちに、年老いたオーガーは優しく声をかける。
「サア、アナタタチモ。外ハ寒カッタデショウ?」
その笑顔は、人種の言う人喰いには見えるはずもなかった。
大鍋に先程まで氷の鎧を着ていた雄牛が煮られている。
丁寧に解体され、保存用の干した野草と共に煮込まれた雄牛は、何とも言えない香りを放っている。
もうそれだけで食欲をそそる。
だが、その鍋はまだまだ完成ではない。
一人のオーガーが革袋に入った、何やら赤いゼリー状の何かを鍋に投入している。
その赤さが鍋に加わると、ようやく完成だとオーガーたちは声を上げる。
「あの赤いのは?」
「アノ赤イノハ、獣ノ血ヲ固メタ物デス」
「血を?」
「エエ。塩水ト血ヲ混ゼ合ワセ、香草ト共に保存スルノデス」
なるほどと、アーリンは納得してしまった。
師匠がアレをエルフの里で実際に見せなかった理由。
それは弟子たちが再現しようと動くと思ったからだ。
アーリンは今でこそ料理に無頓着になったが、その昔『肉節』なる保存食を自作していた。
いくつもの肉塊を焦がし、腐らし、ようやく完成させた肉節。
保存食だというのに、食料をダメにする行いを平然と行うアーリンには教えられないだろう。
そしてマーファもだ。
しっかりとした料理ができるマーファもまた、エルフの里にいた時代。特にアルテアから旅の話を聞いていた子供のころには、それほど料理が出来なかった。
そんな子供が興味を示した赤い鍋。それが血の料理だと知っていれば情報を渡すはずもなかった。
血とは栄養価は高いが、ダメになる速度も速い。
食中毒などを考えれば、実験さえさせないほうが賢明だ。
それが分かったアーリンは、改めてマーファに問う。
「真似できそう?」
「無理。塩の濃さとかどんな香草使ってるとか、そもそもその香草がどこに自生してるのかわからない」
「そっか」
「アーリン……安心してない?」
「してないしてない!」
振舞われた赤い鍋に舌鼓を打つと、戦士を担いでいた陰鬱とした空気はアーリンたちにはもうなかった。
客人として宴の上座に座り、余興が始まるとアーリンのいつもの癖が始まる。
それはあの戦士を思い出させる余興だった。
人の輪の中心で、上半身をはだけた屈強なオーガーが一人。
柏手で空気を浄化し、片足を大きく挙げて地面を踏み清める。
それは紛れもない相撲の力士の姿だった。
だが、その相手がアーリンにも見えない。
万能眼であっても見えない相手を見据えて、オーガーは気力を高めていいる。
決まった所作を繰り返し、観客たちも静かにその男の放つ熱気に当てられている。
そしてオーガーは、地面についた拳を跳ね上げる。
何もいない空間に放たれたぶちかまし。
並の人ならそれだけで命の心配をしかねないほどの威力のぶちかまし。
それを見えない何者かは受け止めた。
がっぷりと組み合ったオーガーの全身の筋肉が隆起している。
そうかとアーリンは理解した。
これはいわゆる独り相撲、もしくは奉納相撲と呼ばれるものだと。
恐らく今戦っている相手は、神もしくはそれに準ずる者。
オーガーの文化に根ざした偉大な何者か。
それと戦うこと自体が栄誉であって、勝つことが目的ではない。
だから、屈強なオーガーの力士も最後には土が付くのだ。
本来ならばあり得ないような負け方をする。それこそがその偉大な何者かを讃える行為なのだ。
オーガーたちもその見えない何者かに大きな声で讃えている。
そしてまた別の力士が土俵に上がってくる。
今度のオーガーは顔を隠している。
木の面をかぶり、その面には何かの模様が描かれている。
それを見た何人かのオーガーは涙を流す。
そうあの模様は今回天に上った戦士の顔に施された死化粧と同じものだ。
仮面をかぶったオーガーが土俵入りをはじめると、アーリンたちの元に盃がまわってくる。
見ればそれはアーリンたちだけでなく、周りのオーガーたちも手にしてあおっている。
盃の中には匂いのキツイ液体。
独特な香草のたぐいなのだろう。
アーリンの眼には摂取しないほうがいいモノとして映っている。
だがこれは偉大な戦士の鎮魂の儀式。
場を汚さないようにアーリンは盃をあおる。
揺れる地面と形状を保つことのできない人たちで、アーリンの視界は埋まっている。
その中で仮面をつけた、天に旅立った戦士だけが鮮明に浮かび上がる。
そしてその戦士の地上で取り行う最期の一番が始まる。




