81話「オーガー」
「オーガー退治?」
「ええ……どうにか頼むことはできませんか?」
例によって魔物の情報を捜索していたアーリンたちの元に来たのは、魔物の情報ではなく近隣に住むという亜人種の話だった。
オーガーと言う亜人種は、人種にとっては恐ろしい種族として知られている。
曰く人種を捕食すると。
エルフの里で育ったアーリンにとっては、懐疑的な常識の一つ。
なぜなら、師匠のアルテア・ポーラシュルテンはオーガーとかなり友好的だった記憶がある。
もちろんそれは、アルテア本人に聞いただけで実際には見ていないのだが、その感情の乗った言葉たちを目にしているアーリンにとっては、かなり信頼度の高い情報でもある。
「あの人食いどもが、最近村の周囲で発見されまして……」
アーリンに頼む村人が怯えているのも事実。アーリンの眼にはこの村人がウソを言っているようには見えていない。
まだ雪深い山の中腹にある村。
近くの渓谷にオーガーが生息しているのは、村の老人たちは知っていた。
しかしこれまでは、オーガーが渓谷を超えて出没することは無かったという。
だが先の秋ごろからオーガーの姿が、村の近隣で発見されるようになってきている。
何かをうかがうように、ジリジリとそのオーガーたちが村に接近しているのだとか。
「もういつ襲われてもおかしかないのです。しかし退治しようにも私たちでは……」
最近この山では、その恵が滞りがちらしい。
まともに蓄えをすることもできず、節制しながら暮らしている。
そこに現れた屈強そうなゴブリンを連れた、年若い男女の旅人。
村一番の力自慢が、その姿に怯えるほど。
だからこうして、少ない備蓄を分け与えて村はアーリンたちを歓迎している。
「あ~……」
そう言われてしまうと、さすがのアーリンでも食べ物を口に運び辛くなる。
「どうか! どうかお願いします! せめて人食いどもが村に近寄れないようにしてもらえませんか?」
「……アーリン」
マーファが投げた視線の意味を受け取るアーリン。
おそらくマーファが考えているのが、一番楽な方法だ。
精霊術の中には、結界とよばれる術もある。
木々や地形に細かく精霊術を施し、森などで侵入者の感覚を狂わせる精霊術だ。
エルフの里の一区画、試練の森や街道の反対側などにはこれが行われており、侵入者を拒むようになっている。
いわゆるエルフの『迷いの森』と呼ばれる防衛策だ。
それを行うのは、正直たやすい。
マーファほどの実力があれば、一月足らずでこの地に迷いの森が出来上がるだろう。
マーファも同じ見積もりをしていたようで、村人に似たような提案をしている。
しかしだ。
一方的な自衛策と言うのは、周囲に反感を買いやすい。
それが当然であるはずなのに、当事者にとっては意図不明ないちゃもんの類もある。
迷いの森という防衛策は、区画の範囲では非常に有効だ。
侵入者が目的にたどり着かないのだから、何かを起こすことはできない。
しかしその区画を迂回すれば、侵入は容易なのだ。
アーリンが幼少期から試練の森を縄張りにしてきたように。
根本的な解決ではないから、村人の頼みを叶えるという意味合いからは離れている。
「行きますか!」
フレットの明るい声が響く。
それほど恐れられる亜人種を遠ざけるだけ。そんな消極策をアーリンが取るはずがないと思っている。
それはそうなのだ。
師匠の話でも、その脅威を聞いていたアーリン。
その脅威を実際に体験してみたいという欲求が、顔に出ていた。
「アーリン、あんたって……もう!」
「ごめんね! でもマハ姉も気になるでしょ?」
「……そりゃ……うん」
師匠の話を興味深く聞いて育ったのは、なにもアーリンだけではない。
もちろんマーファも外の世界の話に興味津々な時代もあった。
見たこともない種族や土地の話。
味の想像もできない料理や果実の話。
数少ない娯楽だった叔父の話をアーリン以上に真剣に聞いていたのは、ほかでもないマーファなのだから。
今マーファが気になっているのは、叔父に聞かされたオーガーの主食でもある赤い鍋。
他では見たこともないほど、真っ赤な鍋を食べた叔父の話を思い出している。
味の表現が苦手なアルテアだったが、その鍋を思い出してほころんだ顔をマーファははっきりと覚えている。
きっとおいしいに違いない。
真っ赤なのに辛くなく、新鮮な肉の味を楽しめるというオーガー特有の鍋料理。
いったいどんな食材が入っていて、どんな調味料を加え、どんな味がするのか?
アルテア・ポーラシュルテンが弟子に伝えた再現不可能な謎の料理の代表格。
その真相が明らかになる時が来たのだ。
「じゃあ、会いに行こうか! マハ姉」
「うん!」
珍しくアーリンに同調したマーファ。
その顔は、アーリンも久しく見ていなかった子供ころの顔になっていた。




