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80話「重心」

 雪積もる山岳地帯の寒村。普段静かなははずのその村外れで、衝突音が木霊していた。

「ッぐ! やりますね! では、これはどうですか!! ッ……無双流鍬術くわじゅつ奥義!」

 鍬を大上段に構えた男が、大地を蹴って飛翔する。

「爆散天地返し!!」

「おいおい、大事な土地を爆散させちゃダメだろ」

 闘気のこもった鍬をアーリンのガントレットが受ける。

 鍬を持った男は自分の勝利を確信した。

 しかし、アーリンの顔からは笑みは無くなっていない。

 その意味を理解した時には、男は声も出す時間も残されてはいなかったのだ。


 相手ごと地面を掘り起こせるほど闘気が込められていた鍬から伝わる感触。

 それは硬質なガントレットのモノではなかった。確かに目には自分の武器と相手の武器が打ちあっているはずだ。

 そしてそれは自分が押し込んでいるように見える。

 だが、その衝撃が全くない。

 アーリンは振り下ろされた鍬と等速で自分の腕を下ろしていた。

 最大の衝撃になるはずのインパクトの瞬間。その瞬間を消し去ってしまっていた。

 込められた闘気の行き場を失った鍬の刃先が揺れる。

 目に見えているはずのその光景が、思考に伝達されるまでの刹那。

 アーリンの拳は鍬に向けって振り下ろされ、折れた柄の向こう側に込められていた力は自身の空中制御を無効にしてしまった。

 自分の天地が分からなくなった男の背中に、衝撃が伝わる。

 アーリンの拳が男の背中を撃ち抜いていた。

「っガ!!」

 肺に入っていた空気が、アーリンの拳の衝撃で強制的に吐き出される。

 一時的に呼吸機能を奪われた人体が、正常に働くことは無い。

 受け身という男にとって初歩の行為すら奪ってしまったのだ。

 背中から落ちた衝撃、一瞬頭部に感じた地面の固さ。

 男の意識を奪うには十分すぎる衝撃だった。


「ッは!?」

 目を覚ました時、男の目に写ったのはアーリンの笑顔だった。

「無双流鍬術、堪能したよ。ありがとうな」

「そうですか、負けましたか」

 押し固められたとはいえ、大地よりも柔らかい雪のお陰か致命的なダメージはなかった。

 しかし立ち合いの場で意識を失うというのは、これ以上ないほどの負けではある。

「お強いんですね」

「まだまだ、修行中だけどな」

 アーリンのその言葉で何が言いたいのかわかってしまった。

 まだ自分の師匠を満足させられる域まで到達していないのだ。

 これほど強くあっても、その高みは遥か彼方。

 違う武術に身を置いていても、想いは変わらない。

「お互い大変ですね」

「本当にな」

 アーリンも対戦相手の表情からその言葉に込められた意味は理解できた。

 何とも清々しい気持ちで立ち合いを終えることができた。


 いつもの奇行が終わり、マーファもアーリンたちへと近寄る。

 そして立ち会ってくれた礼を済ませると、自分のもっていた疑問をアーリンにぶつける。

「アーリン、突きの威力上がった?」

「ん? ああ。そうだね」

 そう言って手ごろな木の前に立つと、拳を伸ばす。

 轟音と共に激しく揺れる木。しかし表面上は折れる様子もなく立っている。

 だがどこからか、ミシミシと倒木時に聞こえる音が鳴っている。

 まさかと思い、マーファはアーリンが殴った木に触れる。

「えっ!? これって……」

 木の皮の下にあるはずの、幹の手応えが心もとない。

 まるで放置された朽木に触れたかのような手ごたえ。

 手で軽く押すと、大木がズレるように動きだす。

 先ほど以上の轟音を立てて倒れる木を見て、アーリンは得意げだ。


「どうやったの?」

 アーリンの突きの威力は確かに高い。多くの武術家と手合わせして、確かに武術家として実力は上がっている。それでもこの威力は次元が違う。

 まるで自分たちの師匠の突きかと間違うほど。

「あ~、覚えてるかな? ニックっていただろ?」

「ニック……ああ! あんたが追い回したかわいそうな子!」

「言い方! 俺がいじめたみたいじゃん。……あいつの闘気の使い方真似てたんだよね、最近さ」

 自分の足裏の向こう側まで闘気を放ち、地面をけっていた盗賊の少年ニック。

 アーリンはそれを応用し拳一個分向こう側まで、闘気を飛ばす練習をしていたのだ。

 ただ伸ばすだけでは、ダメだった。

 流れるように闘気を体内で動かし、一番威力の出る位置で闘気を放つ。

 多くの格闘技でも拳一個分向こう側を打て。そういう教えがある。

 だが現実の光景と意識が乖離し、手応えが分からないこともある。

 だがアーリンは闘気が使え、かつ、それが見える。


 しかし容易ではなかった。

 目指す高みは自分の師匠、アルテア・ポーラシュルテン。

 ただ突きを放つだけで相手を打倒し、必要があればその命にすら届き得る突き。

 そんな最強の拳を目指しているのだから、アーリンの現在地は通過地点にしなければいけなかった。

「もうちょっと威力上げられると思うんだけどさ」

「確かに難しいわね」

 そう言いながら、アーリンの言葉を実践できるか試す姉弟子。

 何回かに一回成功させる姿に、アーリンは面白くなさそうな顔をしてしまう。

「ああ! では重心を意識して見てはどうですか?」

 突如始まった武術談義。

 他流派の突きと言う、その流派の身体運用を互いに惜しみなく話し合った。

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