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7話「エルフの初撃」

 アーリンが修業を始めて何日が経った頃。

 立ち木に拳を打ち付ける回数はまだ10にも満たない。

 それでも毎日のように記憶の中にある動きを求めて、ただひたすらに拳を突き出す日々が続いていた。

 それでも少しは成長しているのか、歩く中で叱責が減ってきたころ、師匠のアルテアはアーリンに新しいことを教え始める。

「いいか小僧。エルフと戦う、同じ土俵に立つには欠かせない物がある。これからはそれも修行の一つとしてお前はやっていかないといけない」

 そういって取り出したのは、弓と矢だった。

 わざわざ子供であるアーリンに合わせて誂えられた、丈の短い弓だった。

「エルフってのは、誰もがこいつから武を学び始める。簡単に言っちまえばこいつは俺達エルフの手足だ」

 エルフが弓が得意、アーリンの前世でもよく知られた常識。それはこの世界でも当てはまるようだ。

「もちろん、お前たち人間種の中にも弓の得意な奴はいるだろうが……おい、これ持ってあの木の向こうに立ってみろ」

 落ちていた枝を持たされ、指定された木に回り込む。

 支持された通り枝を師匠が見えるように少しだけ見せ、再び見えないはずの自分の目の前に掲げる。

「いいか、絶対に動くなよ?」

 それだけ告げると、子供用の弓が弾き絞られる音が聞こえる。

 なぜか見えていないはずの師匠の意識が自分の持つ枝に集中していくのが見える。

 短い風切り音が聞こえた。

 そして自分が持っていた枝に横からの強い力が加わったかと思うと、枝がはじけ飛んでいくのが見えた。

「こんなことはできないだろう」

 師匠の得意そうな声が聞こえる。


 そんな馬鹿な。そう思わざるを得ないアーリンは、顔を師匠のいると思われた方向に向ける。

 自分の持っていた枝がはじけ飛んだ方向の反対側へ。

 いない。

 背を向けた気の向こう側、そこに確かに師匠の姿が見える。

 あり得ない。

 そう思い、思わず口から感想が漏れる。

「嘘だ」

 完全に自分の姿、いや、枝は木の陰に隠れていた。

 なのに、あの場所から撃った矢がどんな軌道で刺さったのか?

 いや、軌道は分かる。が、その軌道で飛ぶわけがなかった。

 師匠であるアルテアの放つ矢は、曲線を描きアーリンの持つ枝に当たったと言わんばかりの状況証拠しかそこにはなかった。


「わかったか? これがエルフが弓矢を手足だという所以だ」

 得意顔の師匠の足元で、アーリンは飛び立つ精霊を見つける。

「まさか……精霊術」

「やっぱりわかるか。そうだ、弓矢と精霊術。それがエルフの初撃だ」

 これはエルフの戦法の最もポピュラーなもの。

 敵の姿を視認したら、先ずは弓矢でのスナイピング。

 しかも他種族にとっては、常識外の方向から飛んでくる矢。

 エルフと森、弓矢と精霊術。

 それらが組み合わさることで、姿も見えない魔弾ともいえる狙撃が可能となる。

「いいか小僧。これがエルフと戦うということだ」

 しかし、タネを知ってしまえば手品同然だと語る師匠の言葉。

 そこにつながった言葉は、アーリンにとって信じがたい言葉がつながる。

「これをお前も覚えるんだ」


 衝撃的な言葉だった。

 自身の最も嫌う精霊術を自分も使えるようになれ。

 間違いなくそう言われたのだ。

 師匠は知らないのだと思い、何度か口にした言葉を口にする。

「師匠、俺は! ……精霊術は――」

「知ってる。嫌いなんだろ? それでもお前はこれを使わないといけない」

 そう口にする師匠の目はいつになく真剣なものだった。

 強い意志で精霊術を自分に教え込む。

 その覚悟が感じられた。


「精霊術がお前の目にどう映っているかは知らない。だが、エルフと戦うならこれが最低条件だ」

 その目にはアーリンが離れてしまっても仕方がない。

 そういう意志が込められているのをアーリンは見てしまった。

 正直承服しかねる。そう言いたかった。

 しかしこの男を師匠とする、それは間違いなく自分で決めた。

 短い葛藤の末、アーリンは師匠の目を見て答える。

「……わかりました」

 あまり多くを語らない自分の師匠、だが自分を育てるという言葉に嘘はない。

 ならば、嫌っているものでも飲み込む。

 師匠の言葉を疑う、そんな選択肢はアーリンにはなかった。

 なぜならアルテアは養母のほかに唯一自分の味方でいてくれる大人だったからだ。

 そんな軽い依存にも似た感情も確かに感じていた。


 精霊術の前にまずは、矢が前に飛ばないと意味をなさない。

 言われた通りに弓を手に構える。

 子供の身体では十分に引き絞ることもできない。

 しかし撃たないことには覚えることもできない。

 必死に番えた矢を引き絞る。

「もっとだ、手で引こうとするな。背中と胸で引くんだ」

 師匠の言葉はいまいちアーリンの理解から遠い。

 しかし引きが足りないことは理解できる。

 自分でも弓を十分に引けていないのがわかってしまう、見えてしまう。

 必死に引く、力の限界まで引く。

 十分ではないが、自分の力では弦を抑えることができない地点が訪れる。


 指から離れた矢は勢いよく飛び出していく。

 弓自体を支えていた左手は反動を抑えることができず、自身の背部を目指して動き出す。

 弦にはじかれた矢は正面には飛ばず、アーリンの視点から右方向へ飛んでいく。

 的から離れたというより、全く関係のない場所に矢は落ちていった。

「っぶふ」

 自分の後ろから自分の師匠の抑えきれない笑い声が聞こえる。

「っんん! これもよく練習しておけよ」

 必死に笑いを殺した師匠の声を聴いて、アーリンの日課がまた一つ増える。

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