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78話「わからない」

「……っ!! ……リン!! アーリン!!!」

「……ん? んん?」

「起きなさいアーリン!!」

 アーリンの耳に誰かが自分を呼ぶ声と乾いた音が聞こえた。

 そして頬から伝わる遅れてきた痛みの信号。

「痛いって……マハ姉」

「なんでこんなところで寝てるのよ、馬鹿アーリン!」

 アーリンを起こしたマーファは泣いていた。

 大きな涙を流しながら、寝ぼけ眼のアーリンの頬にもう一撃をお見舞いする。


 アーリンが起きた時、周りにはマーファだけでなく多く人が集まっていた。

 フレットにハク、そして王宮に勤めるドワーフたちも。

 その中にはひときわ心配したような顔をしているディアマンティス公爵と、アーリンに顔を向けないワールス国王の姿もある。

 体を起こしたアーリンだったが、その表情はまだ優れない。

 強い倦怠感に襲われたかのような表情を浮かべている。

 そんなアーリンを不憫に思ったのか、国王は一室を用意しアーリンたちの王宮での滞在を許可した。


 疲れたままのアーリンを労わる様に、ディアマンティス公爵もその部屋から早々に出ていってしまった。

 残されたのは、いつもの仲間たちのみ。

 目を覚ましたことで安心した様子のフレットとは違い、マーファはアーリンのそばを離れようとはしない。

「マハ姉、もう大丈夫だから」

「なんで、なんであんなところで寝てたの?」

「あ~……」

 アーリンの口は重いままだった。

 本当に話していいモノかという疑問の答えがまだ出ない。

 アーリンが眠る前、確かに師匠は、アルテア・ポーラスシュテルンは精霊術を行使した。

 アーリンの目のまえまで来た精霊が、確かにはじけ飛んだのを確認している。

 だから、あの強烈な眠気は間違いなく師匠の精霊術によるもの。

 そしてエルフの里の精霊術の講義を知っているアーリンとマーファは、その精霊術のつかわれた意味も分かる。

 だからこそ言えないでいた。


 強烈な眠気を与える精霊術。

 それはアーリンとマーファにとっては、とても危険な攻撃方法なのだ。

 通常ヒトの身体は、そんなに長い眠りには対応できない。

 栄養も摂取出来ない、水分の補充も交換も出来ない睡眠という状態。

 そんな状態でヒトはいったいどれほど生存できるのだろうか?

 もちろん点滴技術が確立できているのであれば、多少の時間的余裕はある。

 しかしこの世界には、点滴技術などという医療は存在しない。

 覚めない眠りと言うのは死と同義だ。

 

 過去エルフの関与したこの世界の争いにおいて、この昏睡の精霊術が使用されたことがあった。

 人口数十万人という大都市が、数日で死の街になってしまった。

 降伏もできない、反撃など起こりもしない静かな虐殺行為。

 エルフが唯一、禁忌の精霊術としているのが昏睡の精霊術なのだ。

 それを知っているアーリンは、同じくこの事実を知っているマーファに伝えていいモノかを自問自答し続けていた。

 それを使ったのは、自分たちの師匠。

 そしてマーファの叔父なのだから。


「なんで? なんで何も言わないの?」

「……」

 言えないのだと言いたかった。

 それでもアーリンは、その言葉さえ飲み込む。

 それを口にすれば、ほぼ答えを言ったも同然だと思ったから。

 しかし、マーファにはそうではなかった。

 アーリンが、あの何でも答えたアーリンが答えない。

 それが、もう答えとしてあるのだ。

「やっぱり……叔父さんなんだ」

「マハ姉!!」

 違うとは口にできない。

 偽りの答えは、マーファにとって望むものではない。

 それを知っているアーリンには、否定さえできない。

「……なんで?」

「それは……俺にも……わからない」

 

 あの里において自分の父のような存在であった、アルテア・ポーラスシュテルン。

 独り立ちに必要な力を自分に与えて、自分で歩くことができるようにしてくれた師匠。

 彼がなんでそんな危険な精霊術を自分に使ったのか?

 何より、何故この国に彼はいたのだろうか?

 そして自分は、なんで目を覚ますことができたのか?

 アーリンにもわからないことだらけだ。

「もしかしたらさ、疲れてるように見えたから……少し休めってことだったのかも」

 何とか無理やり楽観的な答えに舵を切るアーリン。自分でもムリがあるとその顔は言っていた。

「……そうね」

 アーリンの声に、無理やり明るい声で応えるマーファ。

 納得出来はしないが、アーリンがそう想いたいのであればそうであった方がいいだろうと笑うしかなかった。

 何故、アーリンは起きることができたのだろうか?

 そんな疑問に蓋をして。


 彼等はそれ以降も知ることは無かった。

 昏睡、行動抑制系の魔法や精霊術。そして精神制御系の魔法や精霊術は現時点では抗うすべはない。

 しかし、これより数百年ののちの世ではそうではなくなった。

 これらの魔法や精霊術は、対象の脳に直接作用するものであることが分かった。

 これに抵抗するためには、脳を闘気術で保護する必要があったのだ。

 この技術を確立したのは、『破魔の剣士』と呼ばれた剣士と構造を解明した『近代魔法の祖』と呼ばれる魔法学者。

 それをアーリンは知らずに行っていた。

 アーリンの眼は、『万能眼』という神から与えられた眼。

 常に闘気術を使用し、この世のあらゆるものを見る。

 その視覚情報をどう処理するのか?

 アーリンの脳でもまた常時闘気術を展開し、本来認識できない情報の処理を行っている。

 そして、その長年行ってきた無意識の行為は脳の構造と機能の一部を変質させていた。

 それが数百年後の技術と同じ効果を与えるなんて、この時は誰も知ることは無かった。

 アーリンに対して、静かな殺意を向けたアルテア・ポーラスシュテルンさえも知ることは無かったのだ。

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