77話「師匠」
アルテア・ポーラスシュテルン。
アーリンは幼い頃、彼の姿を見てドワーフだと思ったことがあった。
豊かに蓄えたアゴヒゲ。筋肉にあふれた肉体。
その特徴だけでドワーフだと思ったのだ。
しかし、今は違う。
確かにドワーフたちは、アゴヒゲを蓄えてはいる。
しかし師匠の身長は、ドワーフたちよりもはるかに高い。まるで大人と子供のよう。
何より体を覆う筋肉が違う。
確かに師匠の身体には、立派な筋肉がある。しかし、ドワーフたちのような密度は感じない。
種族による身体的特徴の違い、それは顕著だ。
「し、師匠……何でここに?」
アーリンは困惑してしまう。自分が師匠として慕う人物が、ドワーフの街、しかも王宮にいる。
その不思議な光景に理解が及ばない。
まして今は、ドワーフのルーツを聞いたばかり。
ただでさえ色々と頭を使ったあとで、こんな状況になるとは夢にも思っていない。
「お前こそ、何でここにいる?」
師匠から向けられる警戒感をあらわにする視線。
なんで師匠にこんな視線を向けられなくてはいけないのか?
そう想っても、自分がここにいることが相手にとって普通じゃないという状況なことに気が付きもしない。
しかし、アーリンは少しだけ納得してしまうことを思い出していた。
自分の師匠アルテアは、ドワーフの国ワールス建国の英雄だ。
普通400年前の戦争の英雄が目の前にいるわけが無いという、前世の常識が少しだけ邪魔をしていたんだと。
彼はエルフ。
1000年を優に超える寿命を持っている。
彼が、いや、彼らが400年前の戦争に加担していても何ら不思議ではないのだ。
「そっか……師匠は、この国の英雄だもんな」
そんな納得を得たアーリンの表情が、少しだけ緩くなった。
それとは逆に、アルテアの表情は難しいままだ。
自分の問いに答えないまま、何やら自分納得した様子を見せる弟子。
アルテアはドワーフの国の建国に関わっているだけではない。
アルテアもまた、彼等ドワーフのルーツを知っているのだ。
戦場を共にした戦友から、そしてこの地がいかに大切な場所であるかを自分に説いた、初代国王に直接聞いていた。
そんなアルテアを見て、何かに納得する弟子の姿。
何よりも、弟子の口から出てきた『この国の英雄』と言う言葉。
そんなものに祀り上げられた意味すら、彼は知っているかのような表情を見せる。
アルテアが何故、世界の戦争に介入するのか?
それを話してしまった初代国王はもういない。
一緒に聞いていた戦友も、もう誰もいない。
だから知るわけが無い。
だがこの弟子、アーリンが持つ眼が問題なのだ。
もしかしたら、自分の知らない何かを観たのではないかと言う疑念がぬぐえない。
「アーリン、何でここにいるんだ?」
アルテアは再度同じ問いを弟子に聞く。
視線を上げない疲れたような表情の弟子に。
「何でって、なんて言えばいいのかなぁ……LHCについて国王陛下と話してた」
考えるのが面倒だと言うように、ことの経緯を省いて端的に答えたアーリン。
そんな姿を見て、アルテアはふと笑ってしまった。
「LHC? ああ、アレのことか」
「なんだ、師匠も知ってたのか」
話が通じたという安堵。それがアーリンに訪れた。
何の不思議もないはずなのだ。だって師匠は建国当時からドワーフと交流があったのだから。
「アレはな、正確にはTLHC……トリプル・ラージ・ハドロン・コライダーって言うんだ」
「トリプル?」
「ああ、先ず素粒子をぶつけてマイクロブラックホールを形成。もう一つの衝突器で形成したマイクブラックホールと再び衝突させて、ワームホールを形成。最後に3つ目の衝突器で形成したマイクロブラックホールをワームホールに突入させて、次元の壁を破壊することで別の世界と行き来する『門』を形成する。ドワーフたちが考えた元の世界への帰還を目的に作られたのがTLHCだ」
「し、師匠?」
流ちょうに話すアルテアの姿に困惑した表情を向けるアーリン。
まるですべてを理解しているかのような師匠の顔に、アーリンは困惑してしまう。
ドワーフたちが、最初のドワーフたちが考え制作した巨大実験施設。
その全容を聞き、理解したかのような顔をする師匠の姿。
そして、それを聞いてよかったのかという謎の罪悪感がアーリンに訪れる。
師匠の秘密をのぞいてしまったかのような、そんな罪悪感。
「アーリン……すべて忘れて眠るんだ」
「え?」
師匠が自分に見せる優しい表情。
そこには今まで見ていた師匠アルテア・ポーラスシュテルンの表情ではなかった。
『精霊よ、彼のものに深き眠りの時間を、すべてを忘却の彼方へ。眠りの誘いの御手を彼のものに』
師匠が見せる精霊術。
養母ほどではないが、その唱え言葉は歌のように流れる。
「……し、師匠? あ、あれ?」
不意に訪れた強烈な眠気。
抗おうにも手足さえ動かすことのできない脱力感も押し寄せる。
「な、……なんで……?」
眠りに落ちていくアーリンの眼には、師匠の背中だけが映っていた。




