73話「お願い」
「そもそもさ、ドルトネスはなんであんな場所にいたんだ?」
「っう!」
「確かに! こんなに立派な家の者が、供もなしになんておかしいですよね」
アーリンの疑問にフレットさえも同調する。
それほどに立派な邸宅を構えるディアマンティス家。公爵という地位を考えても周りに見える邸宅とはレベルが違う。
おそらく財も名誉も周囲の貴族とはかけ離れているのだろう。
こうして子息と身分のわからないアーリンたちが同室にいるだけでも、使用人たちからの目は厳しいものしかない。
そんなとなりにいるだけでマーファが恐縮してしまう視線を受けながら、ドルトネスはため息交じりに今回の発端を話始める。
「街の外っていうのに、……興味があって」
「ウソだね」
「っく!」
なんとなく理解されそうな無難な答えを出したドルトネスに、アーリンは即座に指摘を入る。
アーリンには嘘の言葉が赤く見える。
ドルトネスの言葉は、最初の一音から真っ赤だった。
そして本当のことを話すかどうか悩み始めるドルトネス。その顔は段々と紅くなっていく。
その紅さは怒りではなく、羞恥から染まったことだということさえアーリンには見えている。
アーリンはドルトネスと出会った時のことを思い出す。
使えもしない戦斧を担ぎ、軽装ではあったが質のいい皮鎧を着こんでいた。
旅に出るような持ち物はなかった。まるで何かと戦うと決めた戦士の装いにも見える。
「もしかして……戦いの窮地になったら特別な力に目覚めるかも……とか?」
「はぅ!!」
「……えぇ」
アーリンの言葉に対するドルトネスの反応。
緊張気味のマーファさえ一歩引いてしまうモノだった。
武術を日常としてきたマーファ。そして日夜魔物を狩ってきたフレットは冷ややかな視線をドルトネスに向ける。もちろん彼らにそんな思考はあり得ない。
アーリンも今でこそそんな甘い考えは持つことは無いが、アーリンとなる前にはそう言った物語に憧れを持っていた。
「うんうん。わかるわかる」
「ア、アーリンさん……」
「けどな、まともに斧振れないのにそんなことは起きないから!」
明るく言い切るアーリンに絶望の視線をドルトネスが向ける。
実力を見せつけてきたアーリンの言葉は、今のドルトネスにとってはそれほど重く感じた。
そしてアーリンたちが、ディアマンティス家に滞在するようになって数日。
庭先では、ドルトネスに鍛錬を付けるアーリンの姿やその隣で巨大なアナグマの皮をなめす作業をしているマーファ。ハクと戯れるフレットの姿が日常となっていた。
ドルトネスの親であるディアマンティス公爵夫妻も息子と年の近いアーリンたちを歓迎していた。
家柄のわりに寛容な態度でマーファの心労は少なく済んでいる。
「マーファさん、その皮……なめして何にするんですか?」
アーリンに何度も転がされたドルトネスが、汗を拭きながらマーファに尋ねる。
「ん~。売る」
「え!? 売っちゃうんですか?」
「うん。私らは加工もできないし、食べ物じゃないとハクが嫌がるから持ち運びも面倒でしょ」
このアナグマの皮は大人のドワーフが3人ほど両手を広げた大きさがある。
そんな大きさの皮なら加工職人も欲しがるだろうし、何より好事家が黙っていないだろう。
特にワールスの貴族は趣味で手仕事をするのが、美徳とされている。
この皮を所有しているというだけで、一目置かれるほど話題になるはず。
そんなことを考えているドルトネスが、解体の時に見かけたある物を思い出す。
何故かドルトネスの興味を引いたもの。
皮を売るんであれば、それも売ってもらえるのではないか?
ドルトネスの視線がアーリンに向かう。
それを持っているのは、間違いなくアーリンだ。
あの時アナグマから取り出し、それ以降誰もそれを話題にすらしていなかった。
だから間違いない。
おおよそ生物から出てきていいモノではなかったが、それが何よりの珍品であるとドルトネスの直感がいっている。
「アーリンさん……」
「ん?」
「どうしても聞いてほしいお願いがあるんです」
真剣な表情のドルトネス。
アーリンも宿の世話をしてもらっている手前、それに何度も鍛錬を施している手前、聞いてあげたいという情がある。
だが何となくだが、聞いてあげられないのではないかという予感もあった。
「あのアナグマから出てきた石、あれを譲ってもらえませんか?」
やっぱりだ。
あのアナグマを解体していた時、魔石を取り出す瞬間のドルトネスの声をアーリンは思い出していた。
あの声の色は黄色く興味と歓喜の色で染まっていた。
あの瞬間のドルトネスの眼も同じ様子だった。
「ん~~……難しい」
「何でですか!?」
はっきりと断れないアーリン。
アーリンからすれば魔石を有しているからこそ、わざわざ魔物なんて厄介な生き物を狩っている。
アーリンにとって、それこそが目的なのに。
しかし、この新しい友人の頼みだ。
譲ってやりたくもある。
「じゃあ! せめてもう一度見せてくれませんか!?」
「あ、ああ」
何でこんなにも必死になるのか?
ドルトネス自身もわからなかった。
だがその必死さが、アーリンを押し切ったのは確かだった。




