72話「姪御」
「……馬鹿アーリン」
「え?」
得意げに勝ち名乗りを上げているアーリンに近寄り、マーファが苦い顔をする。
警戒される集団が、貴人を守るべき騎士団を完全に制圧してしまった。
たった3人の集団だが、騎士団でも抑えられない集団を街に、いや、国内に留まらせる危険性。
それを考えれば、ここで引き返せと言われる可能性が非常に高くなっている。
実際にマーファたちが制圧した騎士たちは、さながら決死隊を思わせる形相になっている。
戦斧の使い手と戦いたいなら、この場でなくともよかったのにとマーファが怒っているのだ。
「あ~……なるほど」
騎士たちの視線を受けて、アーリンもようやく勝利の高揚感から帰ってくる。
確かに一時の好奇心のためだけに支払った対価と考えれば、これほど高額なものはないだろう。
「っいつぅ~~」
「ほら、どう落とすのか考えなさい」
アーリンの傷の手当をしながら、アーリンに事の顛末を付けろと促すマーファ。
心なしか、その手当は乱暴だ。
一番権力の高そうな騎士は自分の足元に寝ている。
おそらくあと10分程度は起きないだろう。
この寝ている騎士は、殺さなかったからそれで収めてくれと言った、アーリンやフレットの理論を受け入れてくれる人物だろうか?
いや、それはないだろう。
斬りかかってきた理由は、ドルトネスに対するアーリンの態度が原因だ。
謝罪するにしても、昏倒させてからでは受け入れてくれはしないだろう。
困った。
アーリンの顔が露骨に困っているのを見て、動きだす人物がいた。
「御三方、これ以上の無法を黙ってみていることはできません」
そう言って、押しとどめようとする騎士たちを振り切って、ドルトネスがアーリンの前まで歩き出す。
「私個人に対する行為は、水に流しましょう。だが! 我らワールスの臣民にこれ以上手を出すおつもりなら、私自らお相手いたします!」
ドルトネスも敵うはずがないとわかっているはず。
だが、ドルトネスの言葉も出で立ちも、まさに貴族の規範であるかのような堂々としたものだ。
これまで使ったことがないはずの戦斧。
それを構える足は、微塵も震えていない。
守られるはずの騎士たちを背に、その目には確かな覚悟が見える。
アーリンはドルトネスの言葉を受けて、手当てをしていた姉弟子の手を払う。
そして胡坐をかいて、両手を広げ手のひらを空に向ける。
「ドルトネス・ディアマンティス様、多大なるご無礼。謹んでお詫び申し上げます」
軽く頭を下げながら、いつものアーリンからは考えられないほど丁寧な言葉を紡いでいく。
ドルトネスはアーリン行動に驚いていた。
アーリンの取った座礼は、ワールスのドワーフたちでもめったに行わない最上位の座礼。
爵位を授ける王に対して行う、恭順の座礼だ。
何故それを人種のアーリンが知っているのか?
そう戸惑うドルトネスだったが、後ろの騎士たちも同様に戸惑っている様子が分かった。
「ならば、貴公らの身柄は当家にて預からせてもらい、追って沙汰するものとする」
「公爵家の御意志に従います」
「騎士諸君! 罪人の護送を頼みたい」
「ッハ!」
無抵抗のアーリンたちは、騎士たちの手によりディアマンティス家に送り届けられた。
「ドルトネス、ナイスお芝居」
「アーリンさんもよく恭順の礼なんて知ってましたね」
「アーリン……ベガさんに習ったの?」
「まあね、国ごとの特殊な礼儀は一通り」
こうして、どうにかアーリンたちはワールスの首都へと入り込むことができたのだった。
騎士たちも帰り、一安心と言った表情でドルトネスはアーリンに質問をする。
マーファとアーリンの会話でエルフの国の外交官であるベガと親密なことは伺えた。
だがどのような関係性かはさっぱりわからない。
「っていうことは、やはりその紋章は新緑の貴婦人の縁者でしたか」
「なんだ、義母さんのこと知ってたのか」
「お、お母様!? アーリンさんは人種じゃ?」
「ああ、育ての親がそうなんだ」
「なるほど……なら、かばって正解でしたね」
養子とはいえあの新緑の貴婦人の息子を害したとあっては、ワールスの一大事になりかねない。
それを未然に防ぐことができたと、ドルトネスは自身の判断にホッとする。
しかし、アーリン本人はそうではないといい始める。
「ん~~俺をっていうより、マハ姉をかばって正解だね」
「ど、どうしてです?」
「だってさ、血濡れのガントレットの姪御殿だからね」
「っな!!?」
ワールス建国の英雄にして、この地上に置いて最強と名高い血濡れのガントレット。
確かにエルフの長耳を持ってはいるが、まさかそんな人物の血縁であるとは聞いていない。
ドルトネスはアーリンの時よりも驚きを隠せないでいた。
「有名な方なんですか?」
「フレット殿! 有名なんてものではないですよ!! 我が国! いえ、他国においてもこれほどの有名人はそういませんよ!?」
「ほう、一度会ってみたいですね」
あまりに軽い返事に、ドルトネスはフレットにワールスの建国記を聞かせる羽目になるのだった。




