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71話「ガントレット」

「おお! アハ、あはは!」

 オルドルの猛攻を受けながらもアーリンの楽しそうな声が響く。

 その声を聴きながら、ドルトネスは自分の目に写っている光景を理解できないでいた。

 自分を守るように配置された10名の騎士たち。オルドル旗下の騎士と言えば、ワールスの全騎士の中でも精鋭で知られている騎士たちだ。

 ドワーフのもっとも有名な戦斧を紋章にした騎士団は、腕に覚えのあるドワーフたちの憧れでもある。

 そんな憧れの存在たちが、手玉に取られているではないか。

 一人は武器を持たないゴブリンに、もう一人はおおよそ武器には見えない布一枚しか持っていないというのに。

 まるで格上の猛者に稽古を付けられているかのように、地面に転がされては起き上がり戦線復帰を促されている。

 騎士たちは相手を殺すつもりで戦斧を振るっているというのに、相手にはまるでそんなつもりは見えない。地面に転がった騎士に追撃しない時点で、害するつもりはないと言っているようなものだ。

 事実ドルトネスの眼にはそう映ってしまっている。


 そしてワールスの最大戦力と名高いオルドルも、無手相手に致命的な攻撃を与えられないでいる。

「っく! やるではないか……。私には得物を抜く必要すらないということか」

 オルドルは悔しそうな目をアーリンに向ける。

 アーリンの腰には、未だに抜かれないナイフが下げられているからだ。

 自分の全力でも、相手に武器を構えさせることができないのかと。

「ん? ……ああ! ゴメンゴメン。俺の武器はこれだけだ」

 そう言ってアーリンは自分の腕をオルドルに向ける。

「拳だとでもいうのか?」

「いやいや、これさこれ」

 そう言って今度は両の手を打ち合わせる。

 聞こえたのは金属音。アーリンの手に装着されているガントレットが反響音をあげていた。

「……」

 オルドルはアーリンの言葉を信じられないと睨む。

 それはそうだろう。

 オルドルの常識では、ガントレットを武器と呼ぶことは無い。

 ガントレットとは常識的には防具なのだから。


 だが、アーリンの言葉を聞いてドルトネスの顔が変わる。

 上位の貴族の子息として国内外のことも勉強しているドルトネスの知識の中に、引っかかる何かがあったのだ。

「手甲……? 武器?」

 何かを思い出しそうな所まで来ている。

 どこかで、何かがあった。その記憶はもうそこまで下りている。

 ちょっとしたことで思い出しそうな、ヤキモキした感覚がドルトネスを支配する。

 だが、そのちょっとがどうしても降りてこない。


 オルドルの斧を大きく避けたアーリンの胸元に光る何かを見つけた。

 何故だかドルトネスの意識はそれに囚われる。

 アーリンのマントを止めているバッチ。そこに描かれている紋章。

 それもドルトネスには見覚えがある気がするのだ。

 そしてその紋章、三本の矢の意匠から一人の美しい女性を思い出す。

「っあ!!」

 ドルトネスが大きな声を出した時だった。

 再びオルドルの戦斧が大上段から振り下ろされる。

 アーリンは斧の軌道に向かって拳を振り上げ始めた。

 正確には斧のたどる軌道のすぐ隣。斧の側面にガントレットを打ち付けながらアーリンの右手が挙がる。

 鈍い金属音が聞こえた。


 ドルトネスの目のまえに、アーリンの血が付いたガントレットが振ってくる。

 それを見て、完全に思い出されたのだ。

 ドルトネスの記憶の中にあったある人物のことが。

「血、血濡れの……ガントレット」

 ドルトネスの言葉を聞いた騎士たちの動きが止まる。

 ワールスの騎士たちが、いや、ワールスの騎士を目指す者なら誰もが知る人物の名前だったから。


 騎士たちの動きが止まった理由はわからなかったが、相手の攻勢は止まったと判断したマーファがようやくアーリンを視界に収める。

 どうやらあっちも終わるみたいだ。

 アーリンは挙げていた右手を返し、そのまま振り下ろすところだった。

 相手は全身鎧を着こんだ騎士。

 普通で考えれば、鎧を殴ったところで拳に傷をつけるだけ。

 だがアーリンの拳は幼い時から立ち木を殴り続け鍛えた、盾拳拳士の拳。

 あの戦場を荒らしに荒らしまくった戦場の伝説、血濡れのガントレットと呼ばれたアルテア・ポーラシュルテンが育てた拳だ。


 オルドルの鎧が今までに聞いたことのない音を上げている。

 ドワーフたちには、それがとてつもない破壊音に聞こえた。

 実際にはアーリンが地面を蹴った音と金属鎧がへこむ音なのだが、先のドルトネスの言葉がそれを過剰に演出してしまう。

 しかし事実としてオルドルの鎖骨部分の鎧がへこんでいるのが、ドルトネスの目に写っている。

 そしてアーリンの左の掌打がオルドルの兜を吹き飛ばす。

 

 崩れ落ちるオルドルを見降ろすアーリンの姿。

 それを見ていたドワーフたちは想うのだった。

 あれこそが、伝説の戦士の姿だと。

 ワールスの建国の折、隣接する人種の国との戦争においてワールスの勝利に貢献したという一人のエルフの話。

 その再来が……最悪の形で。

 騎士たちの戦意はすでにない。

 倒れ、微動だにしないオルドルとそれを満足げに眺めるアーリンに絶望していた。


 しかし、ドワーフたち以外にはそうは映っていない。

「はぁ~、あの未熟者」

「アーリンが血を流すなんて、あのドワーフ……まさしく強者ですね」

 勝ったアーリンよりも倒れているオルドルに感心していた。

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