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70話「無礼者」

 アーリンのとった態度、それはマーファの取った態度とは全く違う。

 マーファは相手の身分を知らずにとってしまった態度を改めるようなしぐさが出ていた。

 しかしアーリンはその身分の差を知っても尚、改める意志を感じさせない。

 それはドルトネス一人を愚弄した態度ではない。ワールスの全体を軽んじた行いだ。

 それを受け取った騎士オルドルは、公爵家ひいては国体でもある国王の権威を守るために、背に担いだ戦斧を抜いた。それがアーリンの求めるものだとは気が付かないで。

「無礼者よ、死で報いを受けろ!」

「あは」

 武人の向ける明確な殺意。フレットやマーファとの稽古では味わえない感覚。

 師匠であるアルテアが、何故諸国を漫遊してまで戦争介入などと言う愚行に身を置くのか、アーリンは旅立ってすぐに気が付いた。

 本当に命のやり取りをするわけではなくとも、そのつもりで放たれる攻撃はどんなものであれ恐ろしさが宿るモノだ。

 その恐怖に染め上げられた攻撃をいなすことができなくては、盾拳という武術に存在価値などない。

 どんな攻撃であれ、自分に届く前に無力化できるようになる。

 他の武術であれば、自らの手足を剣や槍とすることころを身体の全てを盾とすることを目指した武術。

 それこそが盾拳なのだ。

 その盾が防ぐ物は、相手の拳だけではない。あらゆる武具であっても防ぐためにある。

 もちろん、戦斧のような重量兵器であっても。


 オルドルの振り上げられた戦斧。

 アーリンよりも小さなドワーフが振り上げた戦斧は、アーリンの頭上よりも高く挙げられている。

 剣で言うところの上段の構え。どっしりと落とされた腰で合っても尚、アーリンを見下ろすところにある。

 素手のアーリンなど、敵ではないと言っている。

 そう、オルドルにとってこれは戦いではない。不敬な者を誅する行為でしかない。

 だからだろう。オルドルは技などではなく、ただ純粋にアーリンの頭をめがけて斧を振り下ろす。

 ただ挙げて振り下ろす。

 その行為だけで十分だと。

 その単純な行為は、恐ろしく速い。

 何万回、何十万回と振り下ろされてきた斧は、空気を切り裂きながら進む。

 武芸に精通しないドルトネスには、目にも留まらない速さ。

 オルドルにはアーリンの死が見えていた。

 無礼者が脳天から真っ二つになる姿、それは確定した未来のはずだった。


 オルドルの戦斧が轟音を上げて地面を切り裂く。

 舞い上がった土煙。

 オルドルの引き連れていた騎士たちから歓声が上がる。

 一刀のもとに相手を仕留めるその技に、思わず歓声が上がったのだ。

 だが、一部の者はそれがおかしいことに気が付いた。

 いつもなら、オルドルの振るう斧が地面を叩くことは無い。

 その丸太のような両の腕で、地面ギリギリで止まるはずなのだ。

 武器を地面に叩きつけると言うのは、刃物を得物とする者の行為ではない。

 なぜならそれをすることで、刃が欠けるから。もしくは武器を痛める行為だから。

 オルドルほどの猛者がするわけが無い。……はずなのに、どうだろうか?

 舞い上がった土煙の向こう側、確かに戦斧が地面に埋もれている影が見える。

 何より両断したはずの敵から血しぶきの一つさえない。


 もしかして……。

 腕に覚えのある騎士だけが、冷たいものを感じた。

「ただの無礼者ではなかったか」

「ひょー……怖ぇ」

 飛びのいたオルドルが、警戒心を高める。

 確かに斧の刃先が、何かにぶつかった感触があった。

 ならばそれは相手の死となるはず。

 だが、その先の感触により相手が無事であることがオルドルにはわかっていた。

 肉を圧し進む感触が皆無だったから。

 何より地面すれすれで引き絞ったはずの斧が、地面に触れた感触を得たから。

 ただの無礼者ではない。

 ある種の実力者が、守るべき人物の近くにいる。

 ジリジリと立ち位置を変えながら、オルドルはアーリンとドルトネスの間に入り込む。

 守るべきドルトネスを背中に置いて、ようやくオルドルは本来の構えを見せる。

 両手で斧を持ち上げ、握りが視界の端に映る所で止める。

 半身のドルトネスの頭から斧が生えているように見えるほどの前傾。


 緊迫した空気が辺りを包んでいく。

 それを受けた騎士たちは、素早く陣形を整える。そしてドルトネスを囲むように守りながら警戒を強める。

 隊長の前にいる無礼者は、仲間がいるからだ。

 ドルトネスの一撃を躱す実力者の同行者。手出しされないように、それでいながらいつでも攻撃を加えることができるように。

 警戒されたマーファは、ため息を落としながらアーリンの意思を確認する。

「はぁ~……アーリン。手早くね、こっちは押さえておくから」

「うん! 任せてよ」

 アーリンの意思を確認したマーファが武器を構える。

 結局こうなるのか。

 まあ、わからなくもない。

 戦斧を言う武器を相手にできる機会なんてそうはないのだから。

「あの……アーリンのあれ、わざとですよね?」

「それ以外ないでしょ」

 フレットも呆れながらも拳を持ち上げた。

 しかし一番の強者を取られ、少々面白くない気持ちもどこかにある。

「いけませんね。二人に感化されすぎてますかね」

「……フレット」

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