69話「公爵」
アナグマの解体がひと段落したのは、日が完全に落ちて自分の手元すら見えなくなってからだった。
アーリンの用意した火も熾火になり、各々が自分の解体していた部位の端肉を枝に刺して焼いてる。
血と脂を落としていた湯も細かな肉や野草が放り込まれ、スープとして配られる。
そうして空腹が落ち着くと、ドワーフは当たり前のように酒瓶を出して振舞いだす。
「いやぁ~! 本当に助かったわい!!」
「あ、俺は酒ダメで」
「私が戴きましょう! さ、ハク様も」
「お~!! この狐もいける口か!! ほら、飲め飲め!!」
「っっぷはぁ~!! あ~、あんな恐ろしいバケモノでも一皮むいてしまえば、こんなご馳走になるんだ。世界とは面白いものだ!!」
数時間前に死を覚悟したとは思えないドワーフの声に、アーリンたちは思わず笑ってしまう。
「っっぷ! あんな悲鳴上げてた人の言葉とは思えないな」
「どんなみっともない姿をさらしても、生きていればそれだけでいいのさ!」
明るく言い放つドワーフ。豪快で他者の目を気にしない性格。
アーリンたちにはない明るさあった。
「ワシはドルトネス。お前らは?」
「俺はアーリン、こっちの赤い髪がマーファ。で、ゴブリンのフレットと狐のハク」
「変わった取り合わせだ。それにしても……ゴブリン?」
「ええ、よろしくお願いします」
「ワシの知っているゴブリンとは少々毛色が違うようだの」
「ああ! もしかしてさ――」
食事も終わり、新しく足された薪が周囲の冷気を温めながら、4人と一匹の話は炎のように周囲を照らしていた。
「送り届けてもらうなんて、本当に申し訳ないな」
「いや、俺たちもワールスに用事があったからいいけどさ……」
「あなた、ドワーフの癖に戦いも狩りもからっきしなのね」
ワールスの首都を目指していたアーリンたちは、ついでとしてドルトネスを送り届けることを了承した。旅の同行者が一時的とはいえ増えるのは、本来であれば労働力の増強となり楽になるはずだった。
しかしこのドルトネスというドワーフは、全くと言っていいほど旅の心得を知らない。
辛うじて獲物の解体は知っているようだが、その拙い動きにマーファはやきもきするしかなかった。
「まあまあ、彼のお陰で刃物は新調したかのように蘇りましたから」
一見アーリンたちの足を引っ張るしかないと思われたドルトネス。
だがそこはドワーフ。噂にたがわない金属への造詣をアーリンたちに見せつけたのも事実だった。
アーリンたちは、その特性上ナイフを攻撃に使用しない。
アーリンたちにとってナイフとは、日々の雑事を助ける道具の一つでしかなかった。
そのせいもあってか、刃物に対して意識があまりにも低かった。
先ず刃物を研ぐという行為を知らない。フレットに至っては刃先にサビまで浮いていた。
それを見たドルトネスは、呆れたように全員のナイフを研ぎだしてその切れ味を復活させた。
まるで新品、いや、それ以上のキレ味に感心するしかなかったのも事実。
だが、日々の仕事の大半をこなせないドワーフであることも事実ではあった。
「それはそうだけど、その担いでいる斧を見ると……」
そう、ドルトネスは一応武器として、ドワーフ然とした戦斧を担いでいる。
だが、彼がこの斧をふるっている姿が想像もできない。
もちろん護身用なのだろうが、全く心得がないのはアーリンの反応でマーファは理解していた。
新しく見聞きした武術に異常なまでの関心を示すアーリンが、ドルトネスの斧を見ても全く反応しないのだから。
何だったら、ドルトネスが刃物を研いでいる時が一番興味を示していたぐらいだ。
「まあまあ! 何もドルトネスだけがドワーフってわけじゃないし! 工芸だとかに優秀ってのもドワーフらしくって良いじゃない」
「それはそうだけど……」
ドルトネスを何とか擁護しようとするアーリンにも納得しないマーファ。
「あ~……すまん。実は手仕事もそこそこなんじゃ、ワシ」
「……」
「まあまあ! そこそこでこの切れ味ですよ! 噂かがわぬ種族ではないですか! ね?」
「う~ん、そうかな……?」
呆れた表情のマーファを何とか納得させるまでに、フレットのマーファの扱い方は成長している。
何もハクだけにかまけているわけではないのだ。
「~~さま~~!! ドルトネスさま~~!!」
「ん? 誰かこっちに来てるか?」
ドルトネスを加えて、数日。
首都のワーレストにほど近い丘で、身なりの良さそうなドワーフが背の低い馬にまたがってアーリンたちに近付いていた。
血相を変えたと言った表情のそのドワーフを先頭に、何人かを引き連れた姿はまるで騎士の様。
そのドワーフを見たアーリンの目が輝いたことから、相当な実力者であることがうかがえる。
「ご無事でしたか! ドルトネス様!!!」
「あ~……オルドル。心配をかけたな」
身なりの良い騎士が馬上から駆け下り、膝まづいている姿。
それはドルトネスの身分を示している。
しかし、その事に気づいたのはマーファのみ。
フレットも他種族の上下関係には興味を示さない。アーリンは言わずもがなである。
「ドルトネス……あなたって」
「あ~、まあ、何と言うか。一応……貴族ではある」
「何を言いますか!! 宝石公爵のご子息であるドルトネス・ディアマンティス様が一応などと!!」
「公爵……さま?」
マーファの知識では必要ではなかった爵位の高低。ただえらいのだという事実だけは伝わったという表情になっている。
「ドルトネス、お前若かったんだな」
「ははは、実はな」
「貴様!!!」
変わらず気さくな態度を見せたアーリンに、オルドルの敵意が向けられる。




