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6話「解ったか?」

 大男が真顔で駄洒落を言って、誘い笑いすら浮かべない図。

 前世を日本とするアーリンにとって、それは質の悪いいたずらであり、周囲に仕掛け人が潜んでいる可能性を示している。

 すなわち、ドッキリであることを警戒し周囲へと目を走らせる。

 自分を射抜いているであろう視線を目視するために。

 皆無。皆無である。

 視界を思いつく限り切り替え、隠者を捜索する。

 いない。この周囲、少なくともアーリンの視界内で意思を持つ生物は自分と○○の二人きり。

 ドッキリの可能性が潰えたという事実に、アーリンは思わず脊髄反射で言葉を発してしまった。

「嘘だろ、こんなつまんない駄洒落を真顔で?」

「おい、なにがつまらない駄洒落だ。殴られたいのか」

 アーリンの頭に拳が落とされるのと同時に、アルテアの返答が返ってくる。


「何もふざけて言ってるわけじゃない。適当な名前が浮かばなかっただけだからな」

 事実、アーリンは知らないが目の前の大男、アルテア・ポーラスシュテルンという男は里の外界、周辺国家において新緑の貴婦人と同等の名を有している。

 曰く『歩く城壁』、曰く『最軽量の攻城兵器』、曰く『血濡れのガントレット』

 幾多の戦場へ赴き、気分次第で陣営に参加。常に最前線でその武を披露し続けた男に与えられた二つ名がそれだった。

 個々の武で比類する者なしと謳われた戦場神話の一人である。

 一説には彼の後ろに飛ぶ矢はなく、槍も剣も彼に届く前に切っ先が消失するとまで言われている。

 そしてどんな強固な防壁であろうとその拳の前には朽木と化す。

 そんな武勇をほしいままにする彼の流派は、多くの戦場で謎のままだ。

 相対して聞いたものは生きてはおらず、並び立って聞いたものは悪い冗談だと口を閉ざす。

 故に戦場でこれほど有名であっても、その拳の名前は本人以上には広まることはなかった。


「ともあれだ、その目があるなら話は早い。何せ要訣を言葉で伝えなくっていいのは良いことだ」

 そう言ってアルテアは一本の立ち木の前に立つ。

「いいか? よく見るんだ。俺たちの身体を使って敵を倒すっていうのはな……こうやるんだ!!」

 激しい踏み込みの音と同時に立ち木を撃つ音が響く。

 遅れて撃たれた立ち木は、その身を激しく揺らし少なくない木の葉を宙に散らす。

「解ったか?」

 聞かれたアーリンは、無言で首を振る。縦ではなく横に。

 確かに見ていた。

 それでもアーリンには解らなかった。

 目に写る光景が完全に理解の外側にあったからだ。


「なんだ? そんな目を持ってるくせに、情けない。取り敢えずやってみろ」

 立ち木の前にアーリンを誘い、うち終わりの型だけを整える。

「こうすると、大地の力も己の力も全部が拳という終着点に凝縮される。子供のお前でも若木くらいなら吹き飛ばす力を得ることができる」

 そう言われて整えられた型は、拳と肩背部が真っ直ぐに一直線となっている。

「さ、やってみろ」

 拳を引き、立ち木と正対する。

 大きく踏み出し、これでもかと腰を回転させ踏み出した足で大地を掴み必死に腕を伸ばす。

 ゴンと鈍い音が腕の骨を通してアーリンの耳に届く。

 そして、拳に強い痛みが残る。


「ダメだ駄目だ。俺様はそんな撃ち終わりをしていたか? 肩はどこにある? 足の位置は? もう一度!」

 痛みに目頭が熱くなるのを押さえ、再び拳を伸ばす。

「はぁ」

 結果は変わらない。

 アルテアのような強い力を発揮することなく、拳は立ち木に到達してしまう。

 撃ち終わりの形だけを取り繕った、なんとも弱々しい突きとなる。

「やっぱり言葉は必要になるんだなぁ」


 アーリンを退かすと再びアルテアは立ち木と正対する。

「いいか? 大袈裟にやってやるからよく見とけよ」

 アルテアは大地を両足で蹴り、その場で跳躍する。

 この時点でアーリンの目には、アルテアの身体に力が入っていないことが見えている。完全な脱力。

 身体が落下し始めてから、アルテアの動きは始動する。

 僅かに腰が動く。まるで標的を定めるかのごとく、ほんの僅かに。

 着地より速く腰と肩が回転を始め、足底が完全に大地に密着すると同時に腕が伸ばされる。

 先ほどのように、立ち木は遅れて揺れる。


 アーリンの目には、自分と師匠の違いが明確に解った。

 自分を十とすると、アルテアの拳には二百以上の力が籠っていた。

 体格差、筋力を考慮しても説明のつかない威力を発揮している。

 アーリンは手本のとおり跳躍からの突きを繰り返す。

 何度やっても、何回己の体を見ても手本に届きそうな威力は発揮しない。

 何が違うのか、まったくもって理解しがたい現象を手本といわれアーリンの脳内は白紙化していく。

「考えながら突くのは良しとするけど、全く考えすらしないのは無意味が極まる」

 そういうと、アーリンの拳が立ち木に届く前に止められてしまった。

「まあ、最初からできるとは俺様も思ってなかったよ。ただ目が特別なら或いはって思ただけだ」

 確かにアルテアの顔は落胆はしていない。

 しかしうつむくアーリンは見えてすらいなかった。


 アーリンのずる剥けた拳を見て何やら軟膏を取り出し塗り込んでいく。

 傷の痛みもさることながら、その軟膏のしみる痛みに○○の顔がゆがむ。

「この軟膏はくれてやる。俺の特製だ、とびきりに効くぜ」

 そういって師匠の顔が視界に入ってくる。

 歪むアーリンの顔をみて緩んでいるのがわかる。

 その顔がなぜかアーリンには諦められたかのような表情に見えてしまい、唇をかみしめる。

「そいつはやるから、俺が来るまで毎日20は撃てるようになれ。突きは各流派の基本がしみ込んだ技だ。体の動かし方、その流派の理念なんかが詰まった大事な技だ。疎かにするなよ」

 その言葉にまだ目の前の男が自分をあきらめていないと知る。

 鼻の奥が痛み、目頭を熱くする。

「ま、せっかくの弟子だ。楽しまなくっちゃ損だからな」

 その言葉には男の照れ隠しに似た感情が込められているの見てしまった。

 アーリンの心は決まった。

「はい、師匠!」

 この男を師匠と呼ぶ、生涯においてその関係性は絶対に変えないと決めたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 その日からアーリンの修行の日々が始まった。

 朝早くから森へ赴き、立ち木に向かって拳を突き出す。

 記憶にある師匠の動きを、どうにか再現しようとひたすら撃ちだす。

 すぐに拳は裂けて立ち木には撃てなくなる。軟膏を塗ったからといって剥けた皮がすぐに蘇生するわけではない。

 3つ撃って軟膏を塗り、その後は師匠が来るまで中空に拳を撃つ。

 師匠が姿を現せば、足腰の鍛錬が始まる。

 師匠曰く、「足腰は攻撃にも防御にも回避にも使うからな。足腰が駄目な奴は何やっても駄目だ」と。

 声がかかるまで中腰で姿勢を正し維持する。

 また、森の中を師匠の足跡を寸分たがわず歩く。

 はたから見れば地味この上ない動きを、ただひたすらに繰り返す。

 歩くだけでも師匠からの叱責が飛んでくる。

 アーリンはその言葉の意味を考えながら、ただひたすら歩く。

 歩くとはいったい何だろうか、考えながら日が暮れるまでただ歩き続けた。

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