68話「アナグマ」
「っぶはぁ~~!! た、助かったわい」
「いいって。それよりさ……」
「ああ、命も助かって、珍品もくちにできるなら、儲けものじゃわい」
アーリンたちが倒したアナグマの魔物。それに絡まれていたドワーフは、安心したように木から降りてくる。
助けたついでに路銀の調達もできて、アーリンの表情は明るい。
アーリンたちの旅は大都市ノーブルより北に舞台を移していた。
周辺国にも名高い霊峰フォーシード山と変わらないぐらい大きな山が、アーリンたちの目のまえにある。
だが、この山を周囲の人々は霊峰とは呼ばない。
人々はこの山、レディアを指してこう呼ぶ。ドワーフの王国『ワールス』と。
ドワーフの国は広大だと知られている。
レディア山の全域、そしてそのすそ野に広がる広大な森すべてがワールスの領土だと言われている。
この周辺国と戦い、もぎ取ったドワーフたちの栄光の象徴。
山から出土する貴金属、そして広大な森から取れる良質な燃料となる木々がワールスの資金源。
副産物として木彫りの工芸品や樹液からつくられた酒も、周辺国には喜ばれる輸出品となっている。
アーリンたちがこの国まで来たのは、本当に偶然だった。
魔物らしき情報をたどりながら近くまで来たところ、マーファがドワーフの造る酒の味の虜になってしまったのだ。
正確には、近くの貿易都市で食べたドワーフの酒『樹酒』を使った煮込み料理の味の虜になってしまったのだ。
そして乗り気になれないアーリンとフレットを押し切ってドワーフの国まで足を運んだのだ。
「樹酒の造り方、盗みに行わよ」
そんな物騒なことを言うマーファをアーリンとフレットは止めることができなかった。
ちなみにハクはマーファ派だ。
ハクの目当ては樹酒そのもの。ハクはその酒の味そのものを気に入ったようだ。
ついさっき、アーリンたちが巨大なアナグマの魔物に襲われているドワーフを見つけ、戦い始めるとハクはその戦いを肴に5リットルは入るであろう素焼きの瓶1本を空にしていた。
「ハク、あいつ……」
「まあまあ! ほら美味しそうなアナグマで良かったじゃない!」
酒をかっくらって上機嫌そうなハクを見て、手伝いもしないでと憤りを見せるアーリン。
そのアーリンをマーファとフレットが宥めながら、獲物の処理が馴染まる。
さっき助けたドワーフも手伝っている。
四人が手分けして解体をしても、遅々として進まない。
「あー、こりゃ随分と脂肪を蓄えとるわい。季節が悪かったな」
四人が手分けして四肢から始まった皮むき作業。それはアナグマ特有の皮下脂肪に阻まれていた。
しかも季節は空気を冷やし、冬へと移り行く途中。
「はぁ~」
こんな巨体でも冬眠する必要があるのかと、アーリンはため息をつく。
まだアーリンの担当する左後ろ脚は、半分ほどしか毛皮が切れていない。
比較的脂肪の少ないであろう脚部でもこの脂肪かと、冷える空気の中作業の終わりが遠いと顔を上げる。
アーリンの視界には、作業しているみんなが同じような気分でいることが分かる。
だが、この大量の肉を未処理のまま森に捨てるのは、あまりにももったいない。
「ハク! 鍋出して!」
「キュ~」
アルコールで上機嫌のハクは、アーリンの言葉に素直に応える。
「お湯は必要だよな」
脂で切れ味の落ちるナイフ。それを洗わないと作業が進まない。
アーリンは気が進まないが、魔法の行使に踏み切る。
鍋の中に満杯の水。
そして近くで調達した枯れ葉や木々の枝をこれでもかと集める。
熱心に作業する3人は、目の前の作業から顔を上げない。
火もアーリンが熾す必要がある。
気が進まないが、残っている作業を考えれば仕方がない。
「『神と変革者の名をもって願い奉る。祖は文明の父、叡智の源流。猛き暴威の始りの灯、その力の一端を我に与えたまえ』」
そう唱えたアーリンの指先から小さな火種が火口へと移っていく。
ワールスに向かう途中。ようやくアーリンにも火の扱い方、魔素を火に変えるイメージというモノを取得するに至った。
火の大精霊に出会ってから、実に3カ月。随分と長く彷徨っていた炎のイメージを自分のものとすることに成功していたのだ。
火元の管理はマーファが精霊術で行っている。これはフレットが旅に加わっても変わりがない。
料理に関しては仲間の中で、マーファが一番適任なのだ。
アーリンは何でも鍋にぶち込むだけ、フレットはそもそも料理の概念がない。
何よりハクがアーリンたちの料理を歓迎しない。だからマーファが料理をするしかないわけだ。
獲物を料理するということは身が焼けていたり、焦げているのは歓迎されない。
だから魔物を食べる目的で狩るアーリンたちが炎の魔法を積極的には使用しないもの、アーリンが炎の魔法習得するのが遅れた原因でもある。
刃に付いた脂をお湯で洗いながら、まだ遠いところにあるレディア山を見上げる。
遠いところまで来た。
つい先日まで旅をしてきたクラウロース王国の領地から外にいる。
エルフの森のことを知る人が少なくなっていく旅路。
あんなにも色濃いものだった生活が、急に色を失っていくような感覚。
「アーリン! 休んでないで、早くやって!!」
「ああ、わかった」
あの大精霊の泉からどれだけ離れても、魔物という驚異はそこにある。
いったい、この世界で何が起きているのか?
アーリンの目にも夜が近づいているのがわかった。




