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67話「宵闇のニック」

 ニックは手の中にあるモノをただ眺めていた。

 何を考えるでもない、無為の時間。久々に味わう至福の時間だ。

 こんな時間を無駄にできるのは、いつ以来だろう。

 ニックの思考が頭を上げると、至福のはずの時間は終了を告げる。

 ここ数年の自分を思い出すと、忙しすぎるぐらい忙しかった。

 それこそ仕事に殺されるんじゃないかと言うほど忙しかった。

 なんでこんなことになったのか?

 それを思い出すと、ニックはめまいを覚えてしまう。


 そうだった。

 あの時からだ。あの瞳、あれを見た時から少しづつ環境が変わっていったんだ。

 子どものころ、まだ盗賊一味であったニック。

 ひょんなことから、所属していた盗賊団が壊滅し大きな街に一人取り残される羽目になった。

 仕事もない、身寄りもない。そんな子供がやることなど一つしかない。

 盗みだ。

 路上で寝起きしながら、悟られない程度に盗み食べ、その日を生き抜くそんな日々。

 だが、それだけじゃなかったのがニックにとっては幸いだった。

 とある宿屋に客を連れていくという仕事。軽い嘘に引っかかってくれる旅人の存在。

 それがニックの生存率を高めたのは、まぎれもない事実だった。

 そんな生活をしていたニックが大人となって、裏稼業をはじめるのも至極当然の流れだ。

 

 いろんなところから、色々なものを盗み出す。

 だが、極力人は殺さない。

 振り下ろした刃が、どんな風に自分に帰ってくるかわからないから。

 かつての仲間のように……。

 あの仲間たちの姿を思い出せば、そう想わざるを得なかった。

 自分の所属していた盗賊団の壊滅した姿。それをニックはノーブルの通りで知ったのだ。

 街の周囲を警戒していた兵士たちが持って帰ってきたのは、仲間たちのだったモノ。

 胸に大きな穴を空けられた者、皮膚が焼けただれ手足が炭のようになっていた者。

 いったい何が原因で死に至ったのかと、自分以外の周りの人は首をかしげていた。

 だが、自分はそれが人の業だと知っていた。

 あの時の言葉が、どうしても思い出されてしまう。

 生きるために盗むのは仕方がない。そうしないと生きていけないし、そういう生き方しか知らない。

 それは自分が選んだせいでもある。

 しかし、不必要な殺しをしてはいけない。

 あの眼が自分を見ているかもしれないのだから。


 ニックはそんな光景を忘れることができず、それでも表の社会というモノになじめずに裏の稼業に染まっていった。

 義賊を気取ったわけではないが殺しをせずに金持ちの家や領主の屋敷から金品を盗み、厳重に警備された王墓から財宝を盗み出す。

 そんな生活を繰り返していたら、いつの間にか『嘘つきニック』という名前は消えてしまっていた。

 新しいニックの名前『宵闇』という名前が世に響くと、段々とニックの元には新しい仲間が増えていたのだ。

 正確にはニックの手下が、かつての仲間以上に集まっていた。

 どこの街の夜に潜んでいるかもわからない盗賊団がニックの居場所となっていたのだ。

 

 もうあの頃の恐怖が薄れてきたと、ニックが自覚した時その人物は現れた。

「ボス、先方が到着いたしました」

「ああ、直ぐに行く」

 歩き始めたニックは、思い出したように恒例となっている言葉を部下に告げる。

「くれぐれも粗相のない様に」

「……はい」

 この男も自分の下について長い。何度も言いっている言葉だが、それでも毎回のように新鮮な反応が返ってくる。

 そう、皆あの男。これから会う客人を畏れているのだ。

 幹部以外は知らないはずの自分に、直接会いに来たあの男。

 そんな人物と取引を初めて、早数年。

 奇妙な縁とがよくもまぁ、こんなにも続くものだと思う。


 ニックが部屋に入るとその人物はいた。

 屈強そうな、見るからに凶悪な付き人を従えて。

「久し振りだな、ニック」

「ええ、今回は少し手こずりました」

 そう言ってニックは、自分の手にあったモノを目の間の人物に差し出す。

 ただの鉄の玉に見えるそれを。

「他には?」

「いえ、それだけですが?」

 平然とウソを言うニックをその人物は興味深そうに眺める。

「『嘘つきニック』は健在か」

「本当に敵いませんね」

 ニックはあきらめたように、胸の中に隠していたもう一つの鉄の板も差し出す。

 何度か試してみたが、やはりこの人には自分のウソが通じない。

 いったいどんな人生を送ったら、こんなにも的確にウソだけを見抜けるのだろうか?

 久々にニックは背中に冷たいものが走るのを感じた。


「積み荷は指定の場所に置いておいた。後で確認するといい」

「毎度御贔屓に……」

「どうした?」

 ニックが抱える疑問を頭に浮かべると、目の前の人物はそれに反応したように声をかける。

 もしかしたら、自分の頭の中が直接覗かれているかのような感覚。

 その拳でもない、従えている付き人でもない。これが一番怖い。

「いえ、ドワーフ謹製の魔晶石……あんなもの、どうやって大量に? と、思いまして」

 近年出回り始めた、ドワーフの創る魔晶石を言う商品。

 それは最近になって普及し始めた、『魔法』なる技術の媒体となる魔石に変わるモノ。魔石では魔法を使うことのできなかった者でさえ使えるようにする優秀な媒体。それが魔晶石だ。

 ドワーフにとって生命線になり得る大事な商品。

 今や諸国の軍までもが必死になって入手しようとしているモノ。


 それを自分のような社会の外側にいる人間に卸すなど、普通ではあり得ない。

 だがそれをやってのけるこの人物。

 得体の知れなさは出会ってから、深まるばかりだ。

「なに、ちょっとした伝手だ」

「こっちの伝手に流れる心配はしないんですね」

 そして、その貴重品の流れに無頓着を決め込んでいるのも、真意を測りかねる。

「お前の好きにして良いと言っただろ?」

「はい」

「今回もいい取引だった。またな」

「次はどこを?」

「どこでもいいよ。……ああ、ドワーフのところはこっちで回収したから、ほかを頼む」

 ドワーフの国と言えば、入国でさえ困難なことで有名だ。

 そこから大量の魔晶石と訳の分からない遺物を運び出すなんて、普通に聞けば与太話だ。

 しかし、この人物ならあるいは……。

「頼んだぞ、大盗賊『宵闇のニック』」

 笑顔で去っていくその人物の背中、それは今も尚不思議な光景だ。

「大盗賊かぁ……なるんじゃなかったなぁ」

 

 大盗賊『宵闇のニック』は遥か昔からある有名な童話だ。

 未知の遺跡を踏破した偉業や悪徳な領主をやり込み、民の無念に一矢報いた話などその物語は尽きることは無い。

 だがその様な人物が本当にいたのかは、一切わかっていない。

 ただほとんどの物語でニックの最期は笑っていたと伝えられている。

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