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66話「悪さ」

「ニック、お前……盗賊の仲間だろ?」

 そう言うアーリンの言葉に、ニック自身は驚愕するしかなかった。

 つい昨日会ったばかりの男、しかもそれほど密接にかかわっていないはずの男から、突き付けられた真実。自分と言う組織の役割を言い当てられてしまったのだから。

 ニックはアーリンの言うように盗賊の一味だ。ニックが先行して街に潜入し、情報収集を行い侵入の手引きを行い、警備の虚をつくことで仕事を成功させてきた。

 物心つく頃から盗賊として軽業を教え込まれ、気が付いたときにはいっぱしの盗賊だった。

 物怖じしない性格で、組織の中で重要な立ち位置を確立した矢先の出来事。

 ニックにとって初めての失敗が、アーリンとの出会いだった。


 マーファもアーリンの言葉に驚愕していた。

 ついに起きてしまった。街に来る前に懸念していた出来事。

 アーリンがこの街でもめ事に巻き込まれる、もしくはもめ事を起こすという懸念。

 まさか、あの山道での一幕がこんなことに繋がるとは思っていなかったのだ。

 マーファはニックに対して、それほど悪い感情を持ち合わせていない。むしろ言葉を交わしてしまった分、ニックに温情を与えてもいいんじゃないかと言う心がもう芽生えている。

 だが、あのアーリンを止める自信もない。

 体術だけのアーリンであれば止めることはできる。だが魔法を併用するアーリンは脅威でしかない。

 精霊術を使う自分でさえ、アーリンを無傷で止めることはできない、いや、自分が無事でいる自信すらない。それが姉弟子としてのアーリンに対する評価。

 驚愕しながらもこの状況をどう落とすのか、そんな思考がマーファの視線に交じる。


 さて、二人の反応を見て困ったぞという顔を見せるアーリン。

 アーリンにとっては、もうあの盗賊集団の話は終わった話なのだ。

 その真意をわからない二人に、どう説明したものかと思案顔だ。

 姉弟子はわずかにニックとアーリンの間に入り、アーリンの射線を削り始めている。

 驚愕の表情が、徐々に決意の表情へと変わっている。

 それはニックも同様だった。

 ニックの決意。それは自害も辞さないという決意。

 アーリンはその初めて見るニックの決意に戸惑う。

「あのさ、とりあえずさ。俺の話……聞いてくれない?」

 剣呑とし始めた空気をどうにか崩そうと、アーリンは両手を上げながら言葉を出す。

 争うつもりはない。

 そう、アーリンにとっては争う必要もない話なのだから。


 アーリンの事を荒立てるつもりはないという意志は、マーファにも伝わりどうにかニックを共に説得する状況へと変わっていく。

 ニックも最初こそ死を賭してでもという意志が目に宿っていたが、それも次第に薄れていく。

 アーリンという恐怖を遮るマーファの優しい顔と言葉。

 ニックが生涯にわたって、忘れられない光景の一つがそこにあった。


「あ~、結論から言えば。ニック、お前の組織はもうない」

 マーファとニックはまたしても驚愕の表情に変わってしまう。

「マハ姉は察しが付くと思うけど」

「っ! まさか! フレット!?」

「そうなんだよ。あいつは結局、大精霊の狂信者だから」

「あ~……」

 マーファはアーリンの言葉に納得してしまった。

 街の外には自分たちの仲間、しかも人種ではないゴブリンのフレットがいる。

 フレットは誰よりもハクの意思に敏感だ。()()()()以上に。

「あの盗賊殲滅はさ。俺の意思でもあったけど、一応ハクにもお伺いしたんだよ」

 その言葉にマーファは安堵する。自分のわからないアーリンの善悪の基準。

 それはアーリンの内なる性質ではないとわかったから。ハクという大精霊の意思が介入しているのであれば、確かにアーリンは苛烈に魔法を使用する。人的被害もそれほど考慮しない。

 だが、確かにニックを追う過程でアーリンは魔法を使用していない。

 積極的にアーリンが魔法で騒ぎを起こすという懸念が晴れたのだった。


 しかし、ニックにとってはそうではない。

 外の仲間がもういない。話の流れでこの世にもいないということは分かった。

 彼らの仲間がした事だということも、十分理解した。

 恐ろしいことだが。30人以上の仲間たちが、彼らの仲間である一人にやられた可能性がある。

 信じられないが、アーリンの動きと自分が捕らえられた状況を考えれば、それも十分あり得る。

 ニックが潜入した先で、エルフという人種以外の、いや、人種以上の存在を知っていたのもそれを裏付ける根拠になっている。

 もう自分の仲間がいないということに納得できてしまった。

 そして、その殲滅された盗賊一味の自分の運命さえも。


「あのさ、ニック」

 もうその時間になってしまったか。

 ニックは自分の短い生を思い返す。

 自分は積極的に殺してはいないが、自分の行いが誰かの死に関わっていることは理解していた。

 そうしないと生きてはこれなかったし、それ以外の生き方を知らない。

 意思というものが邪魔に感じることもあった。

 だがそれも終わりだ。

 ニックは自分の死神の姿を見上げる。

 なんとも締まらない顔をしている。だがその得体の知れなさは最初から感じていた。

 自分の嘘をまるで信じていないかのようなあの眼。

 紛れるために取得した嘘という技術さえも通用しない、あの眼が自分の命を奪うのだ。

 それならば、仕方がない。

「あんまり悪さすんなよ」

 一瞬何を言われているのかわからなかった。

 そしてそれを理解したニックは勢いよく顔を上げる。

 予想もしていなかった温情判決にニックの目が大きく開かれている。

 その目にはニックの死神と女性の背中だけが映っている。

 まるで自分と言う存在を忘れたかのような二人の姿。

 それもニックの忘れられない光景の一つになった。

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