63話「嘘つきニック」
「あっはは!! やっぱりあのガキに騙されたのか!」
食事処の常連らしき人物が、アーリンたちのテーブルに近寄り笑っている。
マーファがシチューを口にして苦い顔をしているのを見て、妙な親近感を覚えて声をかけてきたのだ。
事の経緯を説明すると、得心した様子だった。
「いや~、すまんな。あの小僧の悪戯心がこれほど長続きするとは」
何やら事情を知っていそうなリアクションをする常連の男にマーファは、迷惑そうな顔を向けながら質問をする。
「何か知ってるんですか?」
「ああ。元々ここがこんなにも繁盛するのは、あの小僧。『嘘つきニック』のお陰でな。そうだな……2年ぐらい前だったか、あの小僧がこの街に流れ着いて。ひもじそうにしてたんでな、仕事としてこの店に人を呼んで来いと言ったんだよ」
みすぼらしい格好の子供に対するほど施しの理由付け。ただそれだけのことだった。
しかしニックは、男に言われた通りこの店に客を連れてきた。
それも一回だけではない。この二年間毎日のようにだ。
そしてともに騙され、笑い合うことで客足が徐々に増えていき、今では客層はそれほど良くはないが、それでも繁盛店としてそれなりに有名な店となって来ていた。
「確かに店主のシチューはマズい。これは間違いない! だが、焼き物に関してこの街で随一だと想っていたんだ。それもあの小僧のお陰で証明できたわい」
賑やかな店内を見渡し、満足そうな顔の男。
友人の店主の腕を評価されているのが、我がことのように誇らしいのだろう。
「そうなんですね」
その話を聞いたマーファは、それとなくアーリンの顔を確認する。
その顔は男の話に感心するような、そんな顔だった。
そして、そうとは思っていなくとも安心するのだ。
この男は嘘を言っていないんだと。
「ま、そんな訳だ。一品おごるで許してやってくれ!!」
そう言い放ち、男は笑いながらテーブルを離れていく。
そんな出来事で、マーファはニックに対する憤慨を忘れていく。
確かに男の言うように、シチュー以外の料理は絶品だ。
部屋の質も一言あるが、まあ及第点。
そう想えば、あのニックと言う少年の案内で『いい宿』に泊まれることになったのだ。
ニックに対して渡した銅貨の対価としては、十分だろう。
納得することができたマーファは、ニックと言う少年への興味を忘れていく。
だが、目の前のアーリンは渡した銅貨の対価としてニック自身への興味を失わない。
あの時、ニックがアーリンたちに声をかけるまさにその時、アーリンの視界の隅にニックへの興味に繋がる光景が映っていたのだ。
あの時、ニックは間違いなく上から登場していた。
路地を形成する建物の上から、あの少年は飛び降りて登場したのだ。
しかし、その着地音をアーリンたちは聞いていない。
まるで初めから地面にいたかのように振舞うニックに、アーリンの興味が向かっていた。
あの『嘘つきニック』と呼ばれ、親しまれている少年の身のこなしに。
翌日、アーリンたちは街の市場に赴き、市場に置かれた値段の確認をはじめてる。
安くはない、安くはないが、その品質はマーファを納得させるだけのものが並んでいる。
悩ましい表情のマーファが値段と商品を見比べている間、アーリンは道行く人々を眺めていた。
やはりアーリンの興味を引くような人物はいない。
あの少年、『嘘つきニック』以外には。
そんなことを考えるアーリンの視界に、ようやく興味の対象が映る。
ニックを見つけたのだ。
「マハ姉、ちょっと離れるよ」
「……はいはい。遅くなる前に宿に戻って来てね」
「は~い」
返事と同時にアーリンは、狩りの意識にシフトしていく。
エルフの森でさんざんやっていた、狩猟の動き。そして心まで狩人に戻っていく。
周囲の木々ではなく、人々に紛れ、足音を消し、対象に気が付かれないようにその後を追う。
マーファが走り出したアーリンの姿を少しだけ目で追う。
あの頃のまま、表情だけは嬉々としながらもその気配はまるで草木のように失われている。
あれに気が付く人種はそう多くはないだろう。
なぜなら、アーリンは森での戦闘に長けたエルフにさえも森で奇襲を成功させる変人なのだから。
あの気配の少ない森の中で気配を無くせるアーリンにとって、この街の雑踏に紛れるのは普通に歩くのと変わらない。
「本当、厄介なのにからまれたわね。……『嘘つきニック』」
本当に可哀想だと思う。
騙しやすそうなカモだと彼は思っただろう。
事実。彼女たちは、いや、マーファは簡単に信じてニックの言葉に騙された。
しかしアーリンは嘘を言っているのを知りながら、そこに飛び込む。
アーリンの悪癖の一つだ。
相手の土俵で勝つ。
そこにアーリン自身も気が付いてはいないが、無意識でそれを行うのだ。
例え自分が負けたとしても。
死なない限りは、同じ土俵に挑み続けるのだ。
「はぁ~」
マーファは深いため息を落とす。
もっと楽な方法はいくらでもあるだろうに。
アーリンは絶対にやめないのだ。




