62話「シチュー」
「ふぅ、ようやく一息つけるわね」
「そうだね。マハ姉? 明日の予定は?」
二人はようやく宿の部屋にたどり着いた。
マーファは評判の宿と聞いていた、この宿に少しがっかりしていた。
手続きに時間をかける従業員。そして自分たちに対するぞんざいな態度に。
ただまあ、評判と言うのが食事限定なのだと考えれば、この態度も許容できると自分を納得させていた。
まだ少しだけ早い時間だというのに、宿の一回に併設されている食堂には人はそれなりに多かったことを考えれば人気の宿だと思えなくもない。
あの少年の笑顔を思い出せば、まだ失敗だとは言えない。
「そうね……先ずは買い出し、それから情報収集かな?」
「ふ~ん」
「アーリンは?」
「ああ、付いてくよ。荷物持ち必要だろ?」
「本当に?」
珍しいこともあるもんだ。アーリンが街に隠れた武術家を探さず、自分について来るなんて。
しかも自分から荷物持ちを提案してくる。
明日はもしかしたら、雨かもしれないと窓の外を見る。
「マハ姉、それは流石に失礼じゃない?」
「日頃の行いのせいでしょ」
「大丈夫だって、もう面白そうなのは見つけたんだから」
嘘だ。
マーファは直感でそう想う。
もし本当にアーリンの眼鏡にかなう人物がいたなら、自分たちはこうして宿の部屋なんかにはいない。
今頃、どこかの路地で血をたぎらせているはずなのだから。
「誰よ?」
「ん? ないしょ」
そのアーリンの楽しそうな笑顔に、マーファはもしかしたらと思うのだった。
このアーリンが、我慢を覚えたというのか?
信じられないと、アーリンの顔をまじまじと見てしまう。
「まったく。……ほら、マハ姉! 食堂行くよ」
「はいはい」
二人がそろって食堂に行くと、先ほどより客が多くなっている。
繁盛している食事処ともなれば、その味に期待がされる。
……ただ心配なのは、客層が若干なのだが……柄が悪く見えることだろうか。
予想していたよりも、いや、完全に食堂と言うより酒場という雰囲気のほうが強い。
そういう場所で食事がうまいためしがない。
マーファに少しだけ、不安が見える。
アーリンは気にしない様子で、メニューを見ている。
「俺は……鳥の焼き物もらおうかな。マハ姉は?」
「シチューじゃないんだ」
「うん。気分じゃない」
「そう? じゃ私はシチューで」
せっかくお金を払ってまで聞きだしたおすすめのメニュー。
食べなくては、色々ともったいないとマーファは注文を済ます。
アーリンの顔が、先ほどより含みのある顔なのは何故だろうか?
より不安を膨らませるマーファの元に、注文の品が到着する。
「さ、食べよう!」
アーリンの声が周囲に届く。
そんなアーリンを見てだろうか? 周囲の人々はクスクスと笑っているように見える。
まったく、アーリンの行動はいつでも人の目を惹くんだから。恥ずかしさを覚えるマーファは、シチューを匙ですくい口に運ぶ。
アーリンは、鳥肉をフォークで刺したまま自分を見ている。
何かある。
そう想うが、それを詮索するのは後でいいだろう。
今は、このシチューの味に集中しなくては。
「っ! ……なにこれ」
「っぷ!」
アーリンと周囲の人々は、マーファの感想を聞き思わず吹き出し始める。
そう、このシチューはあまりにも……マズい。
何日もつぎ足しながら煮込まれたシチュー。そんなものがうまいわけが無い。
それを知っている常連たちは、また新しい犠牲者を歓迎する。
自分たちと同じ過ちを犯した犠牲者に、笑い声で。
マーファは納得できない視線をアーリンに送る。
「知ってたの?」
「うん。あのニックって子、俺たちと出会ってから名前以外ウソしか言ってないもん」
「……教えなさいよ」
注文してしまった最悪のシチュー。投げ捨ててやろうかとも思ったが、金銭が発生してしまっている。
もったいないという精神で、味わないようにのどに落とし込んでいく。
「やっぱり、アイツ面白そうだよね」
「ちっとも面白くない!」
「え~!? だってさ、最初どうやって俺たちに近付いたのか気にならない?」
そう言われて、マーファはあの嘘つき小僧のニックとの出会いを思い出す。
気が付いたら、自分たちの後ろにいたのだ。
アーリンさえ気が付いていない様子だったのを思い出すと、確かに少しは気になる。
だが、あの少年のウソに気が付いていながら自分をハメたアーリンに同意するのは気分が良くない。
「知らない」
「もう! そんなに怒らないでよ。ほら、あげるから」
鳥肉を何切れかシチューに投げ込んでくるアーリン。
「あっ! やめてよ。くれるんなら美味しいままちょうだい!」
「あ~!! 俺の分……はぁ。すいません、もう一皿!」
皿の取り合いに負けたアーリンが、寂しそうに注文する。
だが、それが終わるとさっきのように含みのある笑顔を取り戻す。
「もうあの子は見つからないと思うけど?」
「いいや、絶対に見つける」
アーリンが見つけたという面白い人物。
その答え合わせが終わると、マーファはため息をつかざるを得ない。
思わず自分を騙した犠牲者を気の毒と想ってしまう。
そんな自分はきっと、お人好しなんだとマーファは想うのだった。




