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61話「いい宿」

「じゃあ、私はハク様と共に」

 もう間もなく街に到着するという距離で、いつものようにフレットはハクを連れて近くの藪へと歩き出す。

 そんな姿を見て、今日はなんだか不安を感じてしまうマーファ。

「ね、ねぇ、フレット」

「なんですか?」

「今日は一緒に街で休まない?」

 不安からそんなことを口にしてしまうマーファ。人種の街に亜人種が入り込もうと思えば一悶着が合って当たり前。亜人種はもともと人種との交流が薄いが故の亜人種という区別になっている。

 その生活様式、文化があまりにもかけ離れているが故の断絶があるからこそ、成り立つ平和と言うのものもある。

 エルフの里以外の村を知っているマーファが、そんなことを言いだすのは今までにない。

 しかし、昨日のアーリンの表情が頭から離れないマーファは、アーリンに対する抑止力は多い方が安全だと考えてしまう。

「アハハ! 大丈夫ですよ。強き人」

「……でも」

「アーリンがいれば、それほど脅威を感じる出来事も多くはないですから」

「それが問題……にならなければ、いいんだけど」

「マハ姉! おいてくよ!!」

 フレットたちに後ろ髪を引かれながらも、マーファはアーリンの後を追って街へと進んでいく。

 そんな不安気なマーファの予感は当たってしまうのだった。

 

 始まりはある一人の少年との出会いだった。

「はぁ~、大きな街だなぁ。ねえ? 王都とどっちが大きいかな?」

「アーリン……本当に恥ずかしいから、せめて声小さくして」

 久しぶりの大きな街に、興奮気味のアーリン。そんなアーリンを見て街の人々は遠巻きに笑ている。

 格好から旅路の途中とわかる少年が、自分達の街と王都の大きさの違いを分からない姿。

 いうなれば、お上りさんのような言動が初々しく見えているのだろう。

 確かに中には、マーファが感じているような嘲笑ともとれる視線もある。だが多くの街の人は新しい訪問者に好意的な視線を向けている。

「マハ姉。結構いい街だね」

 そんな街の視線を浴びて、アーリンは上機嫌。警戒心も侮蔑も計算もない視線を浴びるのは、アーリンにとって気の休まる瞬間だった。

 そんなアーリンとは違い、周囲の目を気にしてしまうマーファは早くこの場を立ち去りたいとアーリンを急かす。

「アーリン! そんなことより今日の宿探さないと!」

「あ、うん!」

 年上の女性に手を引かれるアーリンの姿に、好奇の目がより注がれてしまうが、やはりアーリンは気にも留めないのだった。


「どっか、安くていい宿ないかなぁ」

「マハ姉? いい宿の基準は?」

「そりゃ、きれいで……ご飯が美味しい」

「確かに」

 野宿の生活が基本の旅では、雨露をしのげる街の宿屋はそれだけでも天国のような環境だ。

 だが路銀にも限りがあり、その中で少しでもいい宿をと思うのも旅である。

 だから、宿屋の看板を見つけてもすぐにはその戸を潜りはしない。

 マーファは大通りから離れてるから、日当たりは……等々、自分の基準に沿って宿屋を吟味している。

 アーリンはというと、そこまで気にしてはいない。

 すれ違う人々を眺め、面白そうな使い手がいないだろうかと、別の吟味をしているからだ。


「ねえねえ、お姉さんたち」

 そんな二人に気軽そうに声をかける人物がいた。

 アーリンよりも少しだけ年が若そうな少年。屈託ない笑顔を張り付けた少年が、いつの間にかアーリンとマーファのすぐそばにいた。

「宿探してんの?」

「え、ええ」

「評判の宿教えてあげようか?」

 マーファの脳裏に先ほどアーリンの言っていた、「いい街」という言葉が蘇る。

 なんて親切なんだろうと、緊張を解いたマーファの目のまえに少年は手を差し出す。

「ん?」

「情報料、ちょうだい」

 緊張を解いたマーファの顔は、予想もしていなかった少年の笑顔と言葉に唖然としていた。

 そんな二人のやり取りを見て、アーリンは押し殺したように笑っている。

「……これでいい?」

「う~ん……まあ、いっか。ついといでよ」

 渡された銅貨とマーファとアーリンを見比べて、少年はまた笑顔を見せて二人を先導していく。

 何がおかしいのか、アーリンの笑い声は止まらない。


 しばらく少年のあとを行くと、一軒の宿屋に到着する。

 外見はそれほどはやっているようには見えない。……少し、いや、それなりに古くさいと言っていい。

「ここさ、穴場の宿なんだ」

「あなたの実家とかなら、怒るわよ?」

「そんな訳ないじゃん! 善意だよ善意」

「っぷふ!」

 少年の言葉を聞いたアーリンは、もう我慢ができないとばかりに吹き出す。

 アーリンの一連の行動に、部屋で説教をするという仕事が出来たとマーファは不快感をあらわにする。

 そんなことをやはり気にしていないアーリンは、少年に声をかける。

「なぁ、この宿のお勧め。教えてくれない?」

「ん? ああ! シチューがおすすめだよ」

「そっか、ありがとうよ」

 アーリンは少年に新しい銅貨を渡して礼を言う。

「あ、ああ。……じゃあおいらはここらで」

「あっ!」

 立ち去ろうとする少年を見て、アーリンがわざとらしく声を上げる。

 何故かその声に少年の方が震える。

「君さ、名前は?」

「あ……おいらは……ニック」

「そっか。じゃあな! ニック」

 アーリンの顔を見た少年が焦ったように去っていく。

 マーファの懸念したようなことはなさそうだ。少年は先程いた道を帰っていく。

 本当にここが実家と言うわけでもないようだ。

 見送るマーファを今度は、アーリンが急かす。


「そうしたの? マハ姉、入ろうよ。お腹減った」

「……ええ」

 何故だろう? アーリンと少年のやり取りが少しだけ気にかかる。

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