59話「闘気法」
フレットが旅に加わって一か月ほど経過した。
アーリンたちは、霊峰と呼ばれる山を降りて、東に向かっている。
この周辺で貿易の要所とされている大きな街へと進んでいた。
フレットが加わってから、アーリンの武道への熱は以前よりも高くなっていた。
同門ではない初めての練習相手。しかも素早い攻撃が得意なフレットは盾拳の修行にはまたとない相手。
「ッシ!」
「っよっと!」
フレットのコンビネーションパンチを手のひらで受けながら、要所で相手の重心を崩しにかかるアーリン。
最近のお気に入りの防御技『纏い』。これは相手の攻撃を受け流しながら相手の重心を崩し、相手を180度回転させ背後をとる技だ。
素早い手業のボクシング……もといゴブシング相手にもできるようになればと、最近はこればかりやっている。
しかし、相手は1000年を生きた拳闘士。同じ技ばかりだと……。
「またボディーががら空きですよ!」
「っふべ……」
アーリンの纏いを防げないとみるや、フレットはそのかけられた回転を逆手に取り自ら回転し始め360度回り、勢いのままアーリンの腹部を強打する。
「ま、アーリンはワンパターンだから」
さすがに姉弟子も呆れている。
「アーリンは足が意外と遅いのよ」
「ゲホゲホ! ……はぁ!? そんなことないし!」
「纏いはこうやるの」
姉弟子がフレットに自分を攻撃するよう促す。
アーリンのように素手でフレットのパンチをいなせないマーファは、布で先ほどのアーリンを再現する。
フレットのストレートを受け流し、問題の纏いをやってみせる。
マーファのボディーに迫るフレットの拳。マーファの足に闘気が巡るとフレットの拳は空を切りパンチの勢いのままバランスを崩してしまう。
「で、ここで投げ」
伸びきったボディーストレートを自分に引き寄せながら、地面にフレットを倒す姉弟子の顔は得意げだ。
弟弟子にまだまだだと言っている。
「そんなん俺だってできるし!」
不貞腐れながらも反論するアーリンに、マーファは笑ってしまう。
「そりゃ見せた後なら何とでもいえるわよ。要は後の展開を意識してるかどうか……そもそも闘気法の展開がアーリンは遅いの」
「苦手なの!」
「苦手を克服するのが練習でしょ! ……まったく」
アーリンとマーファのやり取りを見ているフレットは、少しだけ不思議な顔をする。
「闘気法が、苦手?」
「そうなの。アーリンはこの石つかわないとまともに闘気を扱えないのよ」
マーファがフレットに投げたのは、アーリンが魔石と呼んでいるもの。
未だにアーリンは魔石が無いとまともに闘気法すら扱えないでいた。
マーファの顔、そしてアーリンの不貞腐れた顔がそれが真実だと言っている。
しかしフレットはそれが納得できない顔を続けていた。
「えっと……ずっと使い続けているのに……苦手なんですか?」
「ずっと?」
「ええ。常に」
「常に?」
「ええ。その気配は感じるんですけど?」
フレットは永い間、炎の大精霊と共に生きていた。そして魂の一部は炎の大精霊と融合している。
そのフレットの特性は、フレットを大精霊に近付けていた。
ただ寿命が長くなるだけではない。
大精霊に近い特性を獲得していたのだ。
すなわち、万素の揺らぎを肌で感じることができるようになっていた。
大精霊のように、そしてアーリンのように万素の流れを視覚として見ることはできないが、近くで消費されている万素の流れは、風を感じる肌のように知覚できる。
フレットが言うには、アーリンは覚醒時間の全てで闘気法を使用しているほど万素を消費している。
それなのに、闘気法による身体操作が苦手だと言い張るのだから、フレットにとっては不思議でしかない。
「いや、そう言われてもな……」
アーリンは自分の手を見る。
万能眼で万素の流れを鮮明に。
だが、どう闘気を流しても魔石のない状態では自分に流れる闘気は増えない。
「やっぱり変わらないけどな?」
「いえ、アーリン。あなたさっきから彼女以上に莫大な闘気を使用していますよ」
フレットの言葉にマーファはハッとした表情になる。
「もしかして……目!」
「ええ。アーリン、あなたその目にどんだけ闘気使うんですか?」
さすがのフレットもあきれ顔だ。
アーリンの万能眼を入手する経緯は、フレットも知っている。
神様に貰った万能眼。
そしてこの世界を創造したのも神様だ。
そう、ちょっと考えればわかったはずだ。
万能眼発動。それは闘気法による視覚の強化であると。
もちろんマーファやフレットが視覚を闘気法で強化してもアーリンのようにこの世の全てが認識できるわけではない。
そこはちゃんと神様から貰った特殊能力ではある。
しかし、その弊害たるや……。
「全っっっっ然、恩恵じゃないじゃないか!!」
普通に生活するだけでも、闘気法を使用している人よりも万素を消費する万能眼。
それで助かった面もあるにはあるが……。
平常時に闘気法を使用できないというデメリットの方が、アーリンには重く感じてしまうのだった。
「そりゃ、魔石が消耗していくわけね」
「さ、魔物でも狩りに行きますか」
フレットが加わっても、アーリンたちの魔物狩りの必要性は変わらなかった。




