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5話「視て覚えた」

「よう坊主、こんなところで何やってるんだ?」

 アーリンの後ろには面白いものを見つけたと言わんばかりの表情の大男が立っていた。

「さっきのドワ……おっさんか。なんだっていいだろ」

 見られたくない場面に人が現れたせいで動揺したのか、感情が爆発しそうになるのを必死に抑えて目頭を拭く。

 服にわずかに水気を感じ、涙があったことに気が付く。

「なんだ、こんなところで泣いてたのか。あの婆の胸で泣けばいいだろ」

 見せたくない顔を見せたくない人に見せろ。

 そういわれたと理解したアーリンは、敵意をもって大男の顔を見る。

「守ってもらえよ、あの婆はそれなりに強え。人間のガキ一人なら里全体からでも余裕だ」


 何を言われたのか意味が理解できない表情を浮かべるしかなかった。

 アーリンの中で周囲に暴力を振るわれることは、納得はできないが理解はできている。

 自分がそれだけのことを言ったんだと、理解できている。

 受け入れることも、復讐心を捨てることもないが理解はできている。

 だから暴力で泣いたつもりはない。

 養母への申し訳なさと、自分への気恥ずかしさしか直前になかった。

 だからこそ、男の言葉の意味が素直に入ってこなかった。


「まあ男なら婆でも女の影にいつまでもいられないわな」

 そういって自分は全部理解しているぞ。といった顔の大男を不思議な生物を見るかのような視線へ変える。

「なあ、お前強くなりたくないか? あの婆の前に立てるぐらいさ」

 渾身のドヤ顔の大男が何をもってして、こんなに自信満々に話を進めているのか? 全く意味も分からないが、強くなりたくないわけではなかった。

「里の細っチョロい若木くらいなら、圧倒できるぐらいに俺ならしてやれる」

 里の若木という表現はいまいち入ってこないが、里の若いエルフたちを言っていることは分かる。

 そしてそのエルフたちに復讐しないとは、アーリンは言っても思ってもいない。

「成人まで俺の教えについてこれれば、この里のエルフにお前を打ち倒すほどの使い手はいなくなるだろう。ただし、俺は俺の尺度でしか話をしない、付いてこれるか?」

 今もって自分の尺度でしか話していないので今更だ。

 なんでこの男がこんなことを言い出したのかわからないが、その言葉に嘘がないことをアーリンは見て理解していた。

 この男は本気で自分をエルフより強く仕立て上げるつもりなんだと。

 嘘偽りなく言っているのだけは、理解ができた。


 アーリンは男の差し出した手を取った。

 エルフなのにほかのエルフとは違い長いひげを蓄え、ドワーフのように豪快に笑い、自分の理解の範疇を大きく超えたその男に自分を鍛えてもらうことを承諾した。

 そしてアーリンの苦難と後悔の生は、この時答えを得るための旅路の一歩目をようやく踏み出すのだった。


 ◇ ◇ ◇


 師弟の関係を結んだアーリンは師匠となるアルテア・ポーラスシュテルンと二人、森の中に訪れていた。

「いいか、ここいらが俺たちエルフの成人の儀式、試しの儀で使われる場所だ。普段はめったに近寄るやつもいないうってつけの場だ」

 里の近くであるにも関わらず、深い森の中のような薄暗さ。

 それでいて恐ろしさというのは、一切アーリンは感じていない。

 目の前の男のお陰か、それとも多くの精霊が二人を見ているからだろうか?

「おい、どこ見てる。……ああ、なるほど。それより先ずはお前の実力を知らないことには、指導もくそもない。ガキンチョ、おもいッきり殴ってみな」

 そういって座り、ほほを差し出すアルテア。

「いいのか? そんな無防備に」

「なんだ? 一丁前に俺様の心配か? どうにか出来るなら話は早い。明日にでも若木たちを集めて場を整えてやるよ」

 煽るようなアルテアの目に触発され、アーリンは突進して行く。

 足を大きく開き、後ろ足で強く大地を蹴る。その力は腰の回転によりスムーズに肩、腕に到達。無防備なままなアルテアの頬を強かに叩く。

 前世には分かりずらかった力の伝達。それは今は目で視て確認ができる。

 拳に伝わる衝撃が子供のエルフたちに振るった時以上の力を発揮したことを教えてくれていた。

「おい、誰に習った?」

 アーリンの拳の向こうには、掻痒ないといった目が向けられている。

「誰も教えてくれる訳ないだろ」

 教えてくれる大人はいない、しかし実地で見せてくる大人はいた。子供の集団も同様だ。だから、アーリンはこう答える。

「視て覚えた」

 衝撃が遅れて到達したかのように、アルテアの目が大きく開かれる。

「視てって、お前は何処まで見えてるんだ?」

「見ようとすれば、何でも」

 そう、アーリンの目に写らないものはない。暗がりで性能が落ちることはあっても、写らないものはない。

 精霊も感情も、力の行き先だろうとすべてが目に写る。

 神が世界の全てを見ろと与えた目は、十全にその力を発揮していた。

「なるほどなるほど。こりゃ教えがいがあるってもんだな」

 アルテアは自分の発した言葉、里のエルフを打ち倒しすという言葉を撤回せずに済みそうだと、笑みを浮かべる。

「しかし、視てってことは里の大人たちもこれか……はぁ、新しいモノ好きはいいが、もっと運用効率っもんを考えないのかねぇ」

「運用効率?」

「ああ、このやり方はドワーフやオーガーたちの戦いかたたな。筋力に優れた奴なら有効だが、俺たちエルフやお前みたいな人種にゃ向かないんだ」

 アルテアを下から上まで見たアーリンは、なにを言っているのか理解するまで少しの時間を必要とした。

「筋力……?」

「言いたいことはなんとなく理解したがな、俺の筋肉なんざ見せかけもいいとこだ。何て言えば伝わるか? ……まぁ、根本的に違うんだ、種族が変わるとな」

 固めた力こぶを寂しげに見つめるアルテア。

 はぁと、息をはいて再びアーリンに視線を戻す。

「だから、お前には俺の、俺様の編み出した闘法を教える」

 ゴクリとアーリンの喉がなる。

「名付けて、盾拳だ!!」

 言葉の意味が理解できないアーリンは、手振りで拳を縦にして前にだし疑問を口にする。

「縦……拳?」

「違う! 拳を盾とする盾拳だ!」

 それでもアーリンの疑問は解消しなかった。

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