57話「フレット」
「……ん。なんだもう朝か」
「おはようございます」
「っあ。ごめんなさい……見張り代わらなくって」
「いいですよ。得難い時間ではありましたから」
簡単に食事をとった3人。門番ゴブリンに話しかけるのも憚られ、横になったアーリンとマーファ。
昨日の一戦のダメージのせいか、朝まで眠ってしまったようだ。
昨晩見たまま、膝の上にハクを乗せたまま一晩を過ごした門番ゴブリンの顔は、昨日ほど落ち込んではいない。むしろ晴れ晴れとした顔をしていた。
「さて、どうしますか?」
「どうって?」
「近くの村に寄っていくか、そのまま旅に出るか」
「お前の方はいいのか?」
「ええ。私が帰らないときの話は以前から。ですので、あの村はいずれ立ち退くでしょう」
門番ゴブリンは以前から、村長と協議していたのだ。
それはあのバケモノどもとの戦いで、自分がいなくなった時の対応を。
守るべき大精霊を失い、その上でもし万が一災害でも起きようものなら、周辺の村々はゴブリンの集落を襲撃するはずだ。その場合、ゴブリンたちだけで防衛することなど不可能なのもわかりきっている。
なので、早々に村ごと避難する手はずになっている。
今回は生きている。
だが、大精霊を失ったのは変わりがない。
ならば、自分の敗戦と同様の判断を下すはずだ。
「……ですので、私は村には寄らずそのまま、貴方たちについていきますよ」
「そうか……マハ姉? 物資的に俺らはどうする?」
「まだ余裕あると思う。昨日のサンショウウオの残りもあるし」
「えっと……失礼ですけど。どこに?」
門番ゴブリンはあたりを見回す。だが、それらしい箱も……布袋すら見当たらない。
「ああ! そうか。一緒に旅に出るんだ。知っててもらわないとな! ハク、お願いできるか?」
「キュ!」
アーリンの問いかけに一鳴きすると、アーリンは無造作にハクに手を伸ばす。
まるでハクを打ち貫きそうな勢いのアーリンの手を見て、門番ゴブリンは慌てる。
「えっ! あちょ……っ!」
しかし、門番ゴブリンが言い切る前に驚くしかなかった。
アーリンの手が、明らかにハクの胴体を貫いたからだ。
しかし、ハク自身は何の抵抗も感じていないようにも見える。
「えっと……ほら!」
何かを探す素振りの後、アーリンが何かを門番ゴブリンに向かって投げる。
「え!? あ。こ、これは……」
動揺しながらもなんとかキャッチした門番ゴブリンの手にあったのは、昨日みんなで食したサンショウウオの魔物の肉。
しかも、まだ骨もついたままの前足がそのままでてきたのだ。
その大きさは、門番ゴブリンの腕と同じ大きさ。到底ハクの毛皮の中に納まる大きさではない。
いったい何が起きたのかわからないまま、門番ゴブリンは二人の顔を交互に見る。
「びっくりした? だよな!」
「……本当に、何回見ても非常識ね。……便利だけど」
「……」
アーリンたちがエルフの里を出る前に、発覚した事実が一つあった。
それはハクの得意な能力のことだ。
その中の一つがハクの毛皮は、ハクの任意で亜空間へと繋がることが分かった。
もちろん、ハク自身でも取り出し可能だ。ただアーリンたちがお願いしても応えないこともあるので、それだけは不便だとアーリンたちは笑い出す。
いまいち理解が追い付かない様子の門番ゴブリンだったが、再起動したときには何事もない様にハクの毛皮にサンショウウオの前足を収めていた。
もうそういうモノだとあきらめた視線をアーリンだけが見ていた。
「さて、……じゃあ行くか! あ……っと」
「どうしました?」
「そういや、名前……知らなかったなって」
「ああ! もう何百年も呼ばれてないので、気が付きませんでした! 私のことは……好きに呼んでください」
1000年以上生きてきた門番ゴブリン。その半分以上を名前ではなく役職で呼ばれてきた。
今更呼称など気にしていない。
「好きにって……どうしよう? アーリン」
「そうだな……炎の拳……フレイムフィスト」
「長い」
「じゃあ、略してフレスト!」
名づけにワイワイと盛り上がる二人は、どう見ても子供にしか見えない。
それでも彼等、いや、アーリンに課せられている使命は計り知れない重圧だ。
なのに、この明るさはどうだ?
まるで年ごろの子供のようにしか見えない。
しかし、対峙した時の彼の立ち居振る舞いはまるで、自分の師と対峙した時に似ていた。
何故だろう?
そしてどっちの彼が本当の彼なのか?
何より彼をこの様に仕込んだエルフの強者が分からない。
確かに強い。アーリンという少年はかなり強い。
だが、ここまで育てた彼をやすやすと外に出す理由がわからない。
手元に強者がいる、それは他者への威圧になる。
話を聞いた限り、彼の師匠はそんな彼を快く手放したように見える。
アーリンと言う少年を取り巻く環境全てが、不可解に見えてしまう。
果たして彼の師匠、何より彼を送り込んだ神は、彼に何を求めているのだろうか?
1000年を生きたゴブリンにもわからない。
「じゃあ! 間を取ってフレット!」
「フレット……まあ、名前っぽくはなったかな?」
「よろしくな! フレット!!」
「はい」
旅を通してもしかしたら、わかることもあるかもしれない。
今はそう想うしかなかった。




