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56話「願い」

 お茶目な笑顔を見せる炎の大精霊に、アーリンは呆れたように確認する。

「あのさ、そもそも入るの?」

 さっき食べた自滅トカゲ。決して大きな生物ではない。

 元々の構成物質が万素であったとしても、大精霊を構成する万素は密度が違う。

 何よりこの小さな身体に入り、自衛と食糧確保が両立するとも思えない。

「大丈夫。私はあなたたちについていくわけじゃないから」

「いや、だとしても……」

 話を聞いた姉弟子も渋い顔をするしかない。

 さっき見たトカゲは、あまりに弱弱しい。

「身体を大きくすれば問題ないわ」

 何も問題がないと言い張る炎の大精霊。

 不意にその大精霊の顔が優しくなる。

「……それに、先代の小さな願いくらい叶えてあげたいし」

 先代の変革者が何を願ったのかはわからない。だが、そう言われてはアーリンたちは黙るしかなかった。


「ゴブリンさんも今までありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 門番ゴブリンの表情は清々しい、さわやかなものだった。

 しかし、恭しく下げた頭とは違い、その拳は固く握られている。

 門番ゴブリンのこれまでを考えれば、仕方がないのかもしれない。

 この炎の大精霊を守ること。それだけを1000年続けてきたのだ。

 そして、その1000年間は自分では大精霊を守れなかったという敗北の味に染まる。

 アーリンとも違う、苦い味に。


「私が依り代に移ったら、永い眠りにつくことにするわ。この山の眠っている力を糧にするから、もう外の様子もわからない」

 少しだけ大精霊の表情が悲しく見える。

「だから、ゴブリンさん。私の代わりに彼らの行く末を見届けてほしいの」

「御意のままに」

「……おい」

「いいんです。邪魔にならないようにはしますから」

 陰の落ちた笑顔の門番ゴブリンと姉弟子を交互に見てしまうアーリン。

 姉弟子は静かにうなずくことしかしない。

「……わかたよ。よろしく」

「ええ」

 アーリンの差し出した手をきつく握る門番ゴブリン。

 その強さ、アーリンを見るその眼差し。

 大背例を窮地に追い込んだ者、それが例え神でも許しはしないという覚悟が宿っている。


「さあ、じゃあもう寝るわ」

「ああ! 次に目覚めた時は安心できる世界になってるよ」

 アーリンの確約もない約束。それを笑顔で大精霊は受け止める。

 大精霊が壁に向かって手を向けると、一匹の自滅トカゲが飛び乗る。

 不思議とその自滅トカゲは燃えることなく、大精霊との交信するように大精霊だけを見つけている。

 カパっとあけられたトカゲの口の中に大精霊の炎が飲み込まれていく。

 少しづつ大精霊の身体が崩れていき、炎となりトカゲの中に消えていく。

 そしてその炎がすべて飲み込まれると、自滅トカゲは煌々と光を放つ。

 質量保存の法則などないかのように、トカゲの身体は大きく膨れていき変貌していく。

 

 アーリンの咀嚼にも耐えられなかった弱弱しい鱗は見るからに頑強な鎧へと変わり、少し抜けているようにも見えた可愛らし顔は見る者を恐怖に堕とす程恐ろしい顔貌となっている。

 炎の大精霊がその中にいると教えるような、真っ赤な体。

 その姿を見て、アーリンは思わずつぶやく。

「……ドラゴン」

「アーリン、その『ドラゴン』って何?」

 アーリンのつぶやきに反応した姉弟子を見て、ようやく大精霊の言葉の意味が理解できた。

「そうか。……そりゃドラゴンくらい、いて欲しかっただろうな」

 大精霊は先代の変革者の願いをかなえたいと言った。

 きっと先代は、この世界を見た時に思ったのだろう。

 もしかしたら、ドラゴンのような見たことのない生物がいるのかもしれないと。

 だか、それはただの先代の妄想でしかなかった。

 生態系も大きく違わない、ただ不便なだけの世界。たぶん、与えられた道しるべも自分とは違い何もなかったのだろう。

 そう想えば、先代が元の世界に帰りたいとこぼしたのも理解できる。

 だからせめて、その小さな願いだけは叶えたかったのだ。

 もう、見ることがないとわかっていても。


 そう想えば、凶悪な顔の竜もどこか優し気に見えなくもない。

 完全に変貌しきった竜は、地面を溶かすほどのブレスを吐いて地面を掘りその中に消えていった。

 地面には陽炎が残っていたが、そこから離れようとはしない門番ゴブリンだけを残しアーリンたちは洞穴から外へと移動する。



 しばらくたって、門番ゴブリンが洞穴から出てくる。

 アーリンたちはもう野営の準備を終えていた。

「わざわざ待っていただかなくっても良かったのに」

「別に……もう日が傾いてたから」

「そうですか」

 ハクを見つめる門番ゴブリンの視線には、羨望があった。

 別れなくてはいけなかった大精霊と、近しい存在。

 しかし、アーリンは別れることなく一緒にいるという事実がうらやましい。

 ハクは門番ゴブリンの膝に乗り丸くなる。

 アーリンにもしない、珍しいハクの行動。

 それを視界に収めないように、アーリンは焚火の炎だけを見つめる。

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