52話「炎の大精霊」
「やけに、深いんだな」
「ええ、精霊様は山の中心にいらっしゃいますから」
「なんか、熱くなってる?」
最初は疲労かとも思っていたが、その汗の量と乾燥した空気がそうではないことを告げていた。
ゴブリンの後を進んでいくにつれ、山が内包している熱気に当てられているとこに気が付く。
「マグマだまりでもあるのか?」
「ハハハ。そこまで深くは行きませんよ。ただここからは、直に空気を吸うことはお勧めしません」
そうゴブリンが言うのも理解できるほどの熱気が、洞穴に充満している。
それこそガスがたまっていると言われても信じてしまうほど、アーリンたちに届く空気は熱を蓄えている。
アーリンたちが布を口に当てながら進む。ゴブリンはお勧めしないといいながら、自分は何の問題もないとそのままの姿で突き進んでいる。
思えば、ゴブリンの肌には汗も見えない。
この灼熱の中、平然と進んでいく姿は異様だ。
それにしても、随分進んだというのにと周囲を訝しむアーリン。
自分たちの手元には、光源になる松明がある。
しかし、その松明は未だに煌々と周囲を照らしている。
酸素はどうなっているんだろうか?
そんな疑問は、直ぐに無くなる。アーリンの視界には確かに地上と変わらない空気成分が保たれている。
恐らく、大精霊の呼吸で万素と共に空気も循環しているからなのだろう。
それにしても、不思議な光景だと思ってしまう。
大気は循環しているにもかかわらず、この熱気は陰る様子がないのだから。
「さあ、着きましたよ」
アーリンたちの前に開けた空間が広がる。
松明が必要ないくらい、その空間は明るい。
それもそのはず、空間の中心で炎が鎮座しているのだ。
その姿は、どこか水の大精霊に似ている。
だが、その身体を構成しているのは間違いなく炎そのもの。
「炎の大精霊……ってことか」
「おや、その様子だとそちらの精霊様は違う御姿だったようですね」
「ああ、ハクは水の大精霊だ」
「水ですか、きっと優雅な御姿だったんでしょうね」
「いやいや、あんたの大精霊も……大概だ」
その姿はまさに神の姿と言っても過言ではなかった。
燃焼材もない、地面にも触れていない炎が宙に浮いている。
そしてその炎は女性の姿で、アーリンたちを見ていた。
流れる汗さえも気にもならない、その身に浴びる灼熱さえ忘れてしまう姿。
炎の大精霊が見せる微笑みに魅入られてしまう。
熱さも忘れてアーリンたちが炎の大精霊を見ていると、突如大精霊の表情が険しくなる。
そして大精霊は、ある一点に視線を向ける。
アーリンたちの背後。ついさっき通り抜けてきたこの玄室に通じる洞穴を。
何事が起きたのかと、アーリンたちも臨戦態勢を整える。
洞穴の向こうから、嫌な気配が漂っている。
引きずるような足音。その一歩一歩にまだ見えないが確実な巨体であることを告げている。
「……アーリン。魔物……?」
「ああ、ハクの毛も立ってるから。確実にそうだね」
「魔物とは?」
アーリンとマーファの会話に門番が割り込む。
「命に憎悪する体内に石を持ってるバケモノ」
「ああ! なるほど。だったら正解ですね」
アーリンの言葉に笑顔を見せる門番の言葉。
それがまさに正解だと、当の本人が姿を現した。
その身体はヌメヌメとした皮膚に覆われ、おおよそ陸上での生活には適していない見た目をしていた。
四つ足に胴体と同じ長さの尻尾を有する、まるで巨大な川石のような顔。
顔の幅ほどもある大きな口を開けて、空気を吸い込み、さながら音のない咆哮を放っている。
「あれは……サンショウウオだよな?」
「そうですね。大きさ以外は」
体高がアーリン以上のサンショウウオ。
その大きく開かれた口に丸呑みされてしまうかのような、巨大な口。
何より、この場に現れたことが異様だと言っている。
「熱くないのかね?」
「熱さ以上の執着がここにいるんでしょうね」
敵を前に口数が多くなる三人。
何かを口にしていなければ、その異様さに飲み込まれてしまう。
そんな共通認識で、どうにか正気を保っている状態だ。
そして、そんな異常な光景にいち早く覚悟を決めたのは、門番ゴブリンだった。
「精霊様!」
門番ゴブリンの声に炎の大精霊が応える。
炎の大精霊が門番ゴブリンに炎の息吹を吹きかける。
「なっ!」
「何してんの!?」
アーリンたちが慌てだす。
大精霊の敵である巨大サンショウウオを無視して、守り人であるはずの門番ゴブリンを焼き始めたのだから当然の混乱だ。
だがそれは違うのだと、門番ゴブリンは燃え盛る炎の中でシャドーボクシングを始める。
「何って? もちろん、招かざるお客様にご退場願うんですよ!!」
数回振られた門番ゴブリンの拳に炎のグローブが現れる。
足には炎のシューズ。
余計な炎をまるでガウンのように振り払う姿は、赤コーナーに登場したチャンピオンの風貌。
「さあ、本気のゴブシングを見せて差し上げます!!」




