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49話 「セコンド」

 アーリンのガードを器用にすり抜けて、ゴブリンの拳がアーリンに突き刺さる。

「っっぐ!」

「ハハハ。ガードに自信があったようですけど、そんなものゴブシングの前には通用しませんよ」

「っ! ップ! 言ってくれる」

「それに……あなたの拳は、僕には届きません!」

 アーリンの伸ばした拳をよけながら、ゴブリンはカウンターの一撃をアーリンに向ける。

 アーリンはその拳を横から叩き落し、直撃を避ける。

 圧倒的な打撃センスの前に、アーリンは手も足も出ないように見える。

 しかし、それでもアーリンは拳を構え殴り合いに興じようとしている。

 ゴブリンの胸中は複雑だった。

 勝ち目もない戦いに身を染めていくアーリンに潔しという想いと、そこまでこの一瞬に賭けられるという狂気に対しての恐怖心。

 永く生きた自分の人生で、感じたことのない何かを感じずにはいられないゴブリンがいた。

 

 そんな闘いの様子に苛立ちを見せている人物がいる。

 姉弟子だ。

 さっきから、アーリンの不甲斐なさに苛立っている。

 腕を組み、袖を引きちぎるんではないかと言うほど強く握っている。

 そして、その怒りは頂点をあっさり通過してしまう。

「アーリン!!!」

 マーファの声に、一瞬闘いの時間が止まる。

 戦いに没頭し始めていたゴブリンは、戦いを止められた不快感を隠さない。

「なんですか、あれは?」

「ゴメンゴメン。どうやら、俺のセコンド……ちゃんとやれって怒ってるみたい」

「セコンド……では、仕方がありませんね」

 ボクシングにおいて、セコンドが選手に声をかけるのは普通の行為だ。

 それについては、ゴブシングも同意を示す。

「では、第二ラウンド……いや、最終ラウンドですかね?」

「ああ。……すまない。俺が不甲斐ないばっかりに」

「いえ、気にしないでください」

 ゴブリンの表情は変わらない。

 自分の優位は変わらないと確信をしているから。

「本当にすまない。もう打合いは終わりにしないと」

「なんですって?」

「もう、打撃には付き合ってやれないんだ。本当にごめん」

 アーリンの言葉の意味が分からないと、ゴブリンは突き放すようなジャブを繰り出す。

 今まで通りの、基本的な綺麗なジャブ。

 

 アーリンはそれを待っていた。

 オーソッドックススタイルから繰り出されるジャブ。それは若干の回転が加わっている。

 人体の構造上、加えるつもりのない必然の回転。

 それは、アーリンにとっては……いや、盾拳にとっては他のどんなモノよりも緩やかな回転だ。

 アーリンは、ジャブを逸らすようにガードを上げる。

 そして、そのガードをジャブと等速で引き下げる。

 当たったはずのジャブの異様な手ごたえ。

 本来かかるはずのない、異常な回転はゴブリンの身体を浮き上がらせる。

 いや、ゴブリンが勝手に飛び上がったのだ。

 脳内の響く危険信号と共に。

 本来かかるはずのない回転は、ゴブリンの腕に高負荷をかけ可動域を一瞬だが超える。

 折れるかもしれないという防衛本能が、ゴブリンの両足を地面から離す。

 そして、ゴブリンの目に写ったもの。

 

 それはアーリンの笑みだった。

 少しだけすまなそうな、それでいて価値を確信したような笑み。

「わるいな」

 アーリンはそれだけを短く発すると、ガードを引き下げると同時に体を入れ替え、挙げておいた拳鎚を振り下ろす。

 アーリンの足と一緒に沈んでいく拳鎚。

 アーリンの拳は、立ち木を震わす程の威力を有している。

 それが、真下という重力加速も加わり落ちていく。

「っく!」

 ゴブリンはガードはできないと読み取り、その腹筋を最大の防御として固める。

 固めたはずの自慢の腹筋。

 それがアーリンの拳が触れた途端、波打ち、震えるのが目に届く。


「~~っ!!!!」

 轟音と共に、ゴブリンの身体が地面に叩きつけられる。

 地面に打ち付けられたゴブリンは、息を吸い込むこともできず、かといってうまく吐きだすことのできないゴブリンの肺は、音も出せずに止まっている。

 ゴブリンの意思と反して、なんとか痛みを逃がそうとしているにもかかわらず。

 何より、地面に衝突した際に受け身も取れず、打った頭が視界を奪う。

 真っ白に染まった視界が、徐々に晴れていく。

 本来は一瞬のはずのそれは、何故か長い。

 晴れた視界に写ったものが、ゴブリンを更なる恐怖に堕とす。

 アーリンの靴底が、自分の視界に写るほど持ち上げられている。

 先ほどの衝撃を産んだアーリンの踏み込みが、自分の身体めがけて降ってくる。

 それを理解してしまうと、起きるよりもガード挙げてしまう。

 無防備になるとわかっていながら、抗うことのできない衝動。

 見えていながら、降ってくるのを待つしかできない絶望の一瞬がゴブリンの身体を硬直させる。


 降ってくる起こりも見えているのに。

 避けるという選択肢が、与えられていない。

 これは……さすがに、死ぬかもしれない。

 そんなことがよぎっているにもかかわらず。

 落ちてくる靴底を見ているしかない。


 轟音と土煙を上げて踏まれたアーリンの足。

 だが、アーリンの足はゴブリン顔ではなく、顔の横を踏んでいる。

「もうちょっと、打ちあえるようにならないとな」

 アーリンの笑顔を放心しながら見上げるゴブリン。

 ふと、笑てしまう。

「これで撃ち合えたら、無敵ですよ」

 本当にぶっ殺せる瞬間でも殺さない。

 本当の敵意は無いとも示された。

 なるほど、これは、完敗だ。

 ゴブリンは笑うしかなかった。

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